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ハネムーナーズ・カクテル

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 広い庭の隅に車を斜めにとめ、ぼくは車の外に出た。庭に面したテラスのデッキ・チェアにすわって彼は新聞を読んでいた。新聞をひざにおろし、片手で銀縁の眼鏡をはずし、彼はぼくのほうに顔をむけた。

 しわの深くきざまれた、陽に焼けた彼の顔に、柔和な微笑が広がった。七十歳をすでにいくつもこえている日系の二世だ。

 庭を横切って彼のいるテラスへ歩いていくぼくに、

「ちょうどよかった。電話しようと思ったとこだよ」

 と、彼は言った。

 ぼくはテラスにあがり、小さな丸いテーブルをはさんで、さしむかいにデッキ・チェアにすわった。

 電話でぼくに頼もうとしていた用件があるのだという。その用件について、彼は語った。彼の奥さんの縁つづきにあたる若い日本女性が結婚し、ハネムーンをハワイですごすために東京から来るという。明日のお昼まえにこの島の空港へ降り立つ彼らを、すまないが車でむかえにいってくれないか、という用件だった。

 ぼくは、引きうけた。明日、車でまずここに寄って彼を乗せ、空港までいっしょにいけばいい。おやすいご用だ。彼と話をしていると、彼の孫のひとりである十八歳の女性が、テラスに顔を出した。ぼくを見て、静かに微笑し、すぐにひっこんだ。

「遊びに来とるのよ」

 彼は言った。

「新しい料理を覚えるたびに、ワイフに教えに来よる」

 彼は、彼女のことをヨシエ、と呼んでいる。そして、ほかの人たちは、誰もが、ジャニスと呼ぶ。ジャニス・ヨシエ・キクチだ。気品のある顔立ちの、たいへんな美人だ。

 しばらくして、彼女がまたテラスに出てきた。よく冷えたミネラル・ウォーターの入った美しいグラスを、ぼくのためにテーブルに置いてくれた。

 あくる日の昼まえ、ぼくは、かくしゃくたる日系老人のキクチさんといっしょに、空港にいた。ホノルルから飛んでくる、アロハ・エアラインの定期便を、待っていた。

 よく晴れたまっ青な空のむこうに、その定期便は、定刻に姿を見せた。着陸し、ゆっくりとタクシーイングしてやがて停止し、タラップ車が機体のわきにつき、ドアが開いた。乗客たちが、強い陽ざしのなかへ、降り立った。

「どれかねぇ。あれかねぇ」

 と言いながら、キクチさんは、空港の建物へ歩いてくる人たちを見ていた。

 彼らがゲートまで近づいてくると、キクチさんは、日本からのふたりを、すぐに見つけた。初対面だが、歩みよって懐かしげに声をかけた。新婚のふたりも、はじめて会う遠縁の老いた日系二世に、にこやかに応対した。

 荷物が飛行機から降ろされてくるのを待ち、その荷物を車に積み、ぼくたちは島の反対側へむかった。空港のある町のはずれをとおるとき、ヒッチハイカーをひとり、乗せた。白人の、もうかなり古参の、サーファーだ。ぼくの、この島での友人のひとりだ。

 島の反対側まで四十分かけて走りきり、リゾートとして開発された地域のまんなかにあるコンドミニアムまで、新婚のふたりを送った。ここに、むこう二週間、部屋が予約してあるという。

 夕方はうちでパーティをするからぜひいらっしゃい、とキクチさんはふたりに言った。ハネムーナーズの歓迎パーティだ。ぼくがふたりを車でむかえにいくことになった。

 スーパー・マーケットのまえで降りたサーファーの友人も、キクチさんはパーティに誘っていた。

 午後いっぱい、ぼくは、アシスタントの女性カメラマンといっしょに、仕事をした。そして、着替えをすませてから、彼女といっしょに、新婚のふたりをコンドミニアムへむかえにいった。

 キクチさんの家の広い庭では、パーティの準備が進んでいた。芝生のうえにテーブルが出してあり、いくつもの椅子がそのテーブルをかこんでいた。テーブルは、島の花を効果的に使って、きれいに飾りつけてあった。

 ふだんはめったに顔を見ない、キクチさんの数多い孫たちが、何人もいた。キクチさんからみると三世にあたる、もの静かだけど人なつこくて陽性な青年たちだ。

 新婚の若い夫婦は、キクチさんの奥さんと初対面の挨拶をした。日本から持ってきたおみやげを、手渡した。サーファーの友人が、日本人のガールフレンドをつれて、やって来た。キクチさんと同じくらいの年齢の日系人夫妻が、自動車でやって来た。

 パーティが、いい感じで、はじまった。太陽が大きく西に傾き、これから長い時間かけて、海のむこうへ沈んでいく。南の島の一日の、いちばんいい時間だ。椰子の樹の林ごしに、西陽に輝く海が、庭から見えた。

 新婚の夫婦がテーブルの中央の席につき、ゲストたちが彼らをとりかこんだ。キクチさんの孫たちが、ギターやウッドベースを弾きながら、古いハワイの愛の歌を、美しいハーモニーでうたった。

 そして、彼らからふたりへのプレゼントを、美しいジャニスが、家のなかから持ってきた。ジャニスが自分でつくったという、信じられないほどに美しく飾りつけた、カクテルだった。

 ハネムーンのふたりはそのカクテルを飲み、全員が拍手した。椰子の樹のあいだから、オン・ショアのおだやか風が吹いてきた。ぼくのアシスタントの女性カメラマン、彼女自身に言わせればカメラパースンが、写真を撮った。

 その写真を見ながら、何年かまえの出来事であるこのことを、たったいまあったことのように思い出しつつ、ぼくはこのみじかい文章を書いた。

(初出:『ターザンが教えてくれた』1982年、底本:片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』1995年)

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今日の一冊|『ヒロ発11時58分』

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片岡作品にはめずらしく、この小説には老人が登場し、そこにはヒロという都市の歴史、そして日系人の歴史が刻まれている。現在へと至るそうした歴史を作った人々に息子や娘がいて再会すれば心からの手土産を贈りあう。

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2017年1月4日 05:30
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