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十二月のハワイは波乗りシーズンのちょうどまんなか

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 スクリーン・ドアをあけて玄関のポーチのうえに出る。気持ちの良い、さらっとした風が、全身をなでる。ポーチの木の階段を、庭へ降りる。芝生のうえを裸足で歩く。芝生は、しっとりぬれている。淡いとおり雨の雲が、さあっとまいていった雨の名残だ。

 家の板壁から庭の外周にそって、ポインセチアの花が、まっ赤に咲いている。うけとめている、明るくて透明な陽ざしのせいで、花はよりいっそう赤い。朝の風に、その花がゆれる。

 空をあおいでみる。まっ青に晴れていて、純白の薄い雲が、ところどころに散っている。十二月だが、こんな快晴の日には、ハワイのオアフ島北側の海岸では、陽ざしは充分に熱い。

 早朝の海岸へ、自動車で出ていく。海岸に出る裏道へハイウエイから曲がりこんでいくと、十字路ですれちがう車の若いドライバーが、「ジェリーにローリーにジェフだよ」と、地元の青年の英語で、教えてくれる。「三人そろって、ものすごいよ」と、彼は海岸のほうを手で示す。

 彼が示す海岸は、オアフ島のノース・ショアの海岸だ。ジェリー・ロペズにローリー・ラッセルという、地元のトップ・サーファーに、フロリダから来ているやはり一流中の一流の、ジェフ・クロフォードの三人のサーファーがそろって沖に出ているという場所は、バンザイ・パイプラインだ。

 波うちぎわから七十五ヤードほど沖に、バンザイ・パイプラインと人の呼ぶ、ものすごい波が、立ちあがる。垂直に空へむかって立ちあがった波の壁が、トンネル状の大きな空洞を自らの内部に抱きこみつつ、左から右へすさまじく走り、走りつつその後尾から轟々と崩れ、まっ白い巨大な爆発のようになって果てるという、素晴らしい波だ。

 オフ・ショアの風に吹かれながら、波うちぎわに立って、このパイプラインをながめる。チューブ状の波が右へ限度いっぱいに走りきって自爆するときの、聞いているだけで肝の冷えるような音が、地響きのようになって両脚から体に伝わってくる。

 この波は、アリューシャン沖の冬の嵐からはじまっている。冬の嵐でたたきまくられた北太平洋に波が生まれる。この波がえんえんとハワイ諸島まで、うねり波となって、伝わってくる。

 深い海底を持つ海をうねっているあいだはなんの問題もなかったのだが、オアフ島の北海岸に近づいて、あるときいきなり、珊瑚礁の浅瀬に乗りあげる。浅い海底によって行き場を失った波エネルギーの円運動は、空中にのびあがるほかない。パイプラインができるとき、まず最初に立ちあがる、内側に大きくえぐれこんだ波の壁の途方もなさに、太平洋のエネルギーの、ほんの小さな一端を見ることができる。

 パイプラインが、また沖に立ちあがる。波の壁のむこうから、サーファーがひとり、テイクオフしてくる。横に長くのびあがりきった波の壁の頂上から、オフ・ショアの風にあおられ、白い飛沫の幕が舞い立つ。それをむこうから突き破り、サーファーはテイクオフしようとする。ローリーでもジェリーでもない。ジェフでもない。彼らだったら、こんなにスピードのないテイクオフは、絶対にしない。そのサーファーは、オフ・ショアの風を全身にくらい、その抵抗で波の壁に一瞬釘づけになったのち、波のパワーで下から突きあげられ、空中にはね飛んだ。彼とそのサーフボードが、波にまきこまれ、見えなくなる。やがて、サーフボードが、波の内部から空中に飛び出してくる。サーフボードはまんなかからまっぷたつになって、空中に舞う。サーファーのほうは、いましばらく、暗い水のなかで徹底的にもまれるのだ。

 十二月のハワイは、波乗りのシーズンの、ちょうどまんなかだ。シーズンのキック・オフは、十一月なかばにノース・ショアでおこなわれる、かつてはスミノフ・クラシックと呼ばれたハワイ・プロ・クラシックだ。

 そして、十二月になると、カジュアル・ウェアのメーカーがスポンサーにつくパイプライン・マスターズが、バンザイ・パイプラインの波を使って、おこなわれる。ウーマンズ・カップやワールド・カップがそれにつづき、クリスマスのホリデー・シーズンには、すでに十五年つづいているデューク・カハナモク・クラシックが、ひとしきり地元の話題となる。一九七七年にこのカハナモク・クラシックで一位になったハワイのサーファー、エディ・アイカウは、古代ポリネシアの双胴のカヌー帆船でハワイからタヒチにむかう航海の途上、時化にあって船はひっくりかえり、船につみこんでいたサーフボードとともに、行方不明になったきりだ。

 オーストラリア、日本、南アフリカ、そしてアメリカとまわってきて、プロ・サーフィンの数々のコンテストは十二月のハワイでほぼ終わる。クイリマのリゾート・ホテルで表彰や宴会がおこわれるころには今年もノース・ショアの混雑はピークに達するだろう。

 思いがけないところに、さりげなく、しかしきわめて洒落たかたちでクリスマスの飾りをみつけるとき、ハワイで人々がはじめてクリスマスを祝った一八六二年以来の、太平洋の小さな島の愛すべき伝統や風土のようなものを、だれもが懐かしく抱きしめなおす。

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』太田出版 1995年

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2016年12月18日 05:30
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