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本が僕に向かって旅をする

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 アメリカでインタネット上に運営されている古書店にしばしばアクセスしては、主としてペイパーバックを買っている。クレディット・カードによる決済を主たる業務とする大きな枠があり、そのなかに世界じゅうから、リアルあるいはヴァーチャルを問わず、数多くの古書店が出品している。手に入れたくなったペイパーバックの著者名と作品の題名、それに版元を入力して探すと、まずたいていのものは見つかる。安くて一ドル、高い値段のついているものでも百ドルから二、三百ドルくらいだ。僕がこれまでに買ったもっとも高値のペイパーパックは六十ドルだった。

 著者名と題名、それに版元を特定して探すと、それに該当する出品だけが、僕のコンピューターの画面にあらわれる。少なくて一点だけ、多ければ数千点の出品があり、見る気になればそれをすべて見ていくことができる。知らなかったことを知る機会でもあり、たいそう勉強になる。欲しいものが見つかれば、手もとのマウスを十回ほどクリックするだけで、注文は完結する。注文した本は早ければ四、五日で東京の僕の自宅に届く。サイトに掲載されてはいたけれどじつはすでに売れていたという場合を別にすると、注文したものが届かなかったことはこれまで一度もない。

 買い過ぎた、と自分でも思うのは、ひと月のあいだに五十点ほどを注文したときだ。一週間ほどたつと毎日のようにペイパーバックがアメリカから届く。欲しいものがサイトに出品されているという不思議、それをインタネット経由できわめて簡単に手に入れることのできる不思議さ、などを越えて僕にとってもっとも不思議で、いまもってその不思議さを心理的に乗り越えることができずにいるのは、郵便というシステムのなかを一冊のペイパーバックがアメリカから僕のところに無事に届く、という事実だ。無事に届く、と感銘を込めて僕は書くけれど、現実の問題としてはおそろしいまでに事務的に、したがってごく平凡に、なんの驚きもなく、不思議さの発生する余地などどこにもなく、単なる小さな事実として、封筒に入った一冊のペイパーバックは僕の自宅に届く。

 僕の注文を受けた古書店の人が、それを丁寧に紙にくるんで封筒に入れ、郵便局へ持っていき、インタナショナル・ファースト・クラスの郵便料金を払い、投函する。平均して一週間で、その封筒は僕のところに届く。料金として切手を何枚も貼るというクラシックな方法をとる人もたまにいるけれど、ほとんどの人は郵便局にある小型の装置から発券する、「アメリカでの郵便料金支払い済み」のスティッカーを貼ってもらっている。このスティッカーは地元の郵便局が使っている装置によって、多少の違いがある。もっとも多いのは、バーコードをまんなかにして、投函日、投函地、料金などを印字した横長のスティッカーだ。上部には横幅いっぱいにピンクの帯があり、アメリカの郵便システムのマークである鷲の頭のデザインが、いちばん左にある。郵便局以外の場所でもこの発券装置は使われていると思う。

 オレゴン州ポートランドから九月八日に投函された、五ドル四十セントのスティッカーをいま僕は見ている。ポートランドからなら太平洋を越えるだけだから、僕が受けとめる不思議感はさほど強くないが、ペンシルヴァニア州トプトンから六ドル二十セントとなると、あまりの不思議さに僕は呆然となり、しばし口もきけない状態だと書いて、そこに誇張はない。九月十二日、ニューヨーク州ビンガムトンから四ドル六十セント、というスティッカーがある。八月四日、コネティカット州ハートフォードから、八ドル六十五セント。七月十九日、オハイオ州サウスユークリッドから、三ドル八十セント。八月五日、ミシガン州グランド・ラビッヅから、八ドル六十五セント。六月八日、北ダコタ州の、ネチェとでも読むのだろうか、五ドル二十セント。

 アメリカのとんでもないところから、四十年、五十年前のペイパーバックが、僕個人宛に、僕の自宅まで配達される。日本に入ってからは日本の郵便システムが引き受けるのだが、日本に届くまでにたどる経路とその距離について思いめぐらせると、投函された地点のどれもが、僕にとっては、アメリカのとんでもないところ、としか言いようがない。これまでに合計で五百冊ほどインタネット経由で買ったペイパーバックは、ほとんどの場合、一冊ずつ個別に、アメリカから東京の僕に向けて、郵便システムの内部を旅して来た。

 郵便システムは日本でもアメリカでもとっくに確立されているのだから、きちんと包装されて宛先が明記してあり、必要な料金を支払ったなら、あとは確立されているシステムのなかをたどるだけなのだが、アメリカから届く郵便物に限って、僕は子供の頃から、強い不思議さの感銘を受け続けて来た。そのことはいまでもまったく変わっていない。

底本:『ピーナツ・バターで始める朝』東京書籍 2009年

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2016年10月31日 05:30
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