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ぼくの好きな大空間

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 最初に北アメリカ大陸を西から東へ自動車で横断したときは、その横断になんの目的もなかった。とにかく、ただ、横断してみたかったのだ。

 あの広大な大陸は、地形が複雑だ。気象もそれに応じて変化する。この、地形と気象の変化だけを見ているだけでも充分にスリリングだと気づきはじめたのは、終点にしていたニューヨークに近づいてからだった。

 トンボがえりをして、まったくおなじルートを、西へかえった。大陸という、たいへんな大自然を、充分に楽しんだ。東から西までつながっている空の、刻々と変化する色を見ているだけで、むくわれた。

 アメリカは自然にめぐまれているから、どこか一か所を徹底的にせめようと思えば、一生かかってしまう。たとえば、カリフォルニアがそうだ。あそこの自然は、一生をつぶすに値する。

 ぼくがいちばん好きなのは、ニューメキシコとアリゾナだ。興味のない人にとっては、いつ果てるともしれない荒涼たる荒野と岩山の連続だが、あんなに激しく想像力を刺激してくる大自然を、ほかにぼくは知らない。

 昔、ビリー・ザ・キッドが活躍していた町で見た夜空は、すごいものだった。空いっぱいに、びっしりと星がいて、どれもみな大きく、いまにもいっせいにぼくにおそいかかってくるのではないかと思えるほどに、ぼくをにらみつけ、鋭くまたたいた。モニュメント・ヴァレーの夜も、すごかった。対向車のライトはものすごく遠くからでも見えるから、ライトが見えないあいだは、ヘッドライトを消して走った。夜空へ車ごと舞いあがるような錯覚を、夜どおし楽しんだ。

 有無を言わせない、絶対的な荒野の広がりの中には、人に一度も触れられたことのない部分が、たくさんある。太陽の照りつける昼間の熱い孤独感はものすごいし、気温の急激にさがる夜の暗さと静けさは、人に底なしの畏敬の念を抱かせる。

 夜明けや落日の、光と雲のシンフォニーに風の音がからんで、何時間でもぼうぜんとしてしまう。圧倒的な大自然を目の前にして、ぼうぜんと時間をすごすのは、なかなかいいものだ。

 グランド・キャニオンをヘリコプターでさまよったことも、忘れられない。信じられないような巨大な岩にきざまれた深い谷だが、ここも、地球の底力の中に抱きこまれ、身動きできなくなったような気持になる。晴天の日中もすごいし、気候が崩れてくると、この世のものとは思えない。日没あるいは日の出の時間の、光と影がつくりだす、途方もない世界のまっただなかに、ヘリコプターは入っていく。トリップとは、まさにあのような時間のことなのだろう。

 小麦べルトと呼ばれている広大な麦畑も、すさまじいものだった。この麦畑と、実った麦を収穫する男たちのことは、かつてぼくはみじかい小説に書いた。

 カリフォルニアにも、まだ観光的には知られていない大自然がたくさんある。サンフランシコからサクラメント河をのぼっていくと、カリフォルニア・デルタと呼ばれる農耕地帯に出る。ここのトマト畑にも、感激した。

 自然の中にある、見渡すかぎりの大空間に触れるためには、北アメリカもまだすてたところではない。

底本:『アップル・サイダーと彼女』角川文庫 1979年

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2016年10月17日 05:30
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