アイキャッチ画像

ジャスト・マイ・サイズ

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 彼女がステーション・ワゴンを運転していた。隣の席には、彼女の同性の友人がすわっていた。

「久しぶりに晴れたわね」

 彼女が言った。

「気持ちいいわ」

 友人が答えた。

「雨の日や曇った日は、自分の気持ちが内面にむかうのね。内面に比重がかたよるけれど、今日のような晴れた日だと、内面と外面とが、ちょうど釣り合うの。内側にむかう気持ちと、外にむけて出ていく気持ちとのバランスが、とてもいいのよ」

 と運転席の彼女が言い、

「わかるような気がするわ」

 と友人が言った。そして、運転している彼女を隣の席から観察した。しばらく観察したあと、友人は次のように言った。

「いつもうらやましいと思うの。真似したいし、あやかりたいとも思うのよ。あなたの、そのなんとも言えない無造作な服の着かた。魅力のあるきれいな人なのに、いつ見てもほんとに無造作ね。うらやましい。私はいつも考えすぎて、変なふうにまちがえたり、固苦しくなったりするの」

 運転している彼女は友人に視線をむけた。

「そんなことないわよ。すこしも変ではないわ。きちんと着てるから、きちんとした人という印象があるわ」

「あんまりきちんとしたくないのよ。でも、あなたのようには出来ないの。こつがあったら、教えて。そういう服を、どこで買うの?」

 運転している彼女はしばらく考えた。そして、ゆるやかにうしろですべて束ねてあるウエーヴのかかった髪を、片手の指で示した。

「髪止めは銀座の雑貨屋さんで買ったの。二五〇円くらいね。アメリカのものですって。色が華やかで好きよ。化粧はまったくなし。ブラジャーもなしで、このシャツは長崎へいったとき、ふととおりかかった洋品店の店先で、ワゴン・セールで売ってたもの。見たとたんに気にいったから買ったわ。九八〇円よ。ジーンズはイタリーの田舎町の店で買ったわ。少年用のサイズですって。人好きのするおばさんが、店じゅうひっかきまわして、私に合うのを捜してくれたのよ。靴下は三枚ひと組でこれも九八〇円。色がいいから買ったの。髪止めとおなじときだったと思うわ。それから靴は、姉のもの。私とサイズがおなじなのよ。うしろの席にあるレイン・コートは、『海辺のホテルにて』という映画でカトリーヌ・ドヌーヴが着てたのを見て、憧れたの。パリへいったとき、よし、あれとおなじものをなんとしてでも手に入れるぞ、と思って町に出て、最初に入った店で見つけたの。色もサイズもスタイルも、とにかくイメージにぴったり。ジャスト・マイ・サイズ、と英語を言ったら、中年の女性の店員が、ウイ、と答えたわ。ショーツは通信販売。カタログを請求したら見本もくれたの。とてもはきやすいから、注文しようと思ってるのよ」

 説明を聞いて隣の席の友人は溜め息をついた。

「そういう買いかたが、まず私には出来ないよ。あけっぴろげの、出たとこまかせのむちゃくちゃ。それでいて、あなたらしく統一感があって、しかも無造作そのもの。うらやましいわ」

「銀座の女には見えないでしょう。しかも私は三十になったのよ」

「私はあとふた月で、三十歳になるの」

「ふたりでお祝をしましょう」

 彼女がそう言い、ふたりの女性は笑った。

「いまはお店の仕事はお休みですって?」

 友人がきいた。

「そうなのよ。先週の木曜日、高校の先輩で五つ年上の写真家が、同伴出勤してくださると言うので、久しぶりに和服の髪を美容院で作って、部屋に戻って着物を着たら、そこへ店から電話があって、店は突然に閉店だと言うのよ。建物は取り壊して建てなおしですって。先輩とは待ち合わせはしたけれど、どこからどう見ても私は銀座の女の作りでしょう。きまり悪くて居場所もなくて、独身の先輩はお袋に紹介するよと冗談を言うから、私は乗ってしまって、新幹線で二時間。ふたりとも実家はおなじ町なのよ。先輩の家へいったらちょうど夕食時で、みなさんびっくり。お母さんは、息子が嫁になる女を連れて来たと思ってるから、大変。冗談のついでに私はそれも楽しんでしまって、着物を褒めてもらって、着た甲斐はあったわ。私の実家へ送ってもらって、母に笑いながらみんな話をしたら、叱られてしまった。というような日々を、いまの私は送ってるのよ」

 聞きおえて、友人は目を閉じた。心の底から出てくる口調で、

「私には、とても駄目。ほんとに残念だけど、私にはそんなこと、絶対に出来ないわ」

 と言った。

底本:『ノートブックに誘惑された』角川文庫 1992年

関連エッセイ

9月23日 |台風


9月19日 |ショート・ショート


9月7日 |信号待ち


8月20日|ある夏の日のアイディア。一本の川をふたりで縫いあげる。物語のための、ささやかな体験。


8月28日 |彼女の林檎


11月4日|深まりゆく秋です


1992年 『ノートブックに誘惑された』 ステーション・ワゴン 友人 女友達 彼女 美人 銀座
2016年10月2日 05:30
サポータ募集中