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評論・エッセイ

トマトが僕を追いかける

 僕が最初に知ったトマトは、祖父の畑で夏になると実るトマトだった。年によって畑は違っていたという記憶もあるのだが、畑へいってトマトを採ってきなさい、と母親に言われて歩いていく畑は、自宅からもっとも近いところで徒歩五分だった。成長したトマトの樹は子供の背丈よりも確か低く、たくさんある葉の陰から巧みに見え隠れしているかのような、思いのほか数多く実っているトマトは、子供の僕にとってはさほど楽しいものではなかった。
 僕の拳よりもはるかに大きい、そしてできるだけ赤くなっているのを、三つも枝からもぎ採れば充分だった。トマトの樹にも…

底本:『ナポリへの道』東京書籍 2008年

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