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評論・エッセイ

The End|アビーロードのB面

 彼女と彼は、抱き合っていた。相手の体に深く両腕をまわし合い、顔を接近させていた。そして赤い小ぶりな林檎をひとつ、ふたりはおたがいの口で、顔のあいだに支えていた。
 ふたりはその林檎を、ひと口ずつかじっては食べていた。食べながらおたがいになにかおかしいことを言いあい、ふたりは楽しく笑った。笑っているために、林檎を食べる作業は、なかなかはかどらなかった。しかし、ふたりはその林檎を食べ続け、やがて残りすくなくなった。そして芯だけになった。その芯を彼が食べてしまい、そこで彼女は目を覚ました。
 夢を見ていたのだ。…

底本:『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年

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