映画とヒット・ソングと、大事な彼女
一九五〇年代のことを覚えているかい、とぼくがぼくにきく。覚えているさ、とぼくは答える。覚えているよ。たとえば、どんなことを?
ほんの少年でしかなかったのだが、記憶の奥深くまで入りこみ、いまもそこにとどまっている楽しいことは、たくさんあった。毎日のように観た映画のなかの、ほんのちょっとした断片、あるいは、夢中になって何度も観た映画のぜんたい、そしてそのような映画が心のなかに残すイメージの余韻の総体。ぼくがその頃に住んでいた町には、映画館が五軒あった。すこしだけ電車に乗れば、映画館の数はたちまち二十にも三十にもなった。め…
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『「彼女」はグッド・デザイン』太田出版 1996年
初出:『きみを愛するトースト』角川文庫 1989年
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