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わたしの片岡義男 No.17高崎俊夫「ジャズの人、片岡義男」

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高崎俊夫(たかさき・としお)さんは、1954年福島県生まれ。『スターログ日本版』『月刊イメージフォーラム』等の編集部を経てフリーの編集者・映画批評家に。『テレビの青春』(今野勉・NTT出版)、『ニコラス・レイ ある反逆者の肖像』(ベルナール・エイゼンシッツ、吉村和明訳・キネマ旬報社)、『わが封殺せしリリシズム』(大島渚・清流出版)など多くの本の編集を手がけてこられました。そして2018年2月、多くの映画ファンが読んでいたネット連載をまとめたエッセイ集『祝祭の日々 私の映画アトランダム』(国書刊行会)をついに上梓され、大きな話題になっています。
「きまぐれ飛行船」にはいつもジャズがかかっていた。

 あれは1970年の終わり頃だったと思う。当時、愛読していた『話の特集』に『ぼくはプレスリーが大好き』という三一書房の新刊の一ページ広告が載った。著者は片岡義男という聞いたこともない名前で、エルヴィス・プレスリーがシャウトしている写真を大きくあしらったデザインだったのを憶えている。このちょっと植草甚一ふうな洒落た書名に惹かれて購入し、一読して驚嘆した。私はいまだに日本人によって書かれたアメリカ文化論でこれを超えるものはないと思っている。 
 片岡義男はその後、晶文社から訳編著『ロックの時代』と『10セントの意識革命』が続けて出て、これも夢中になって読んだ。
 当時は、漠然と片岡義男は〈ロックの人〉というイメージがあったのだが、それが覆ったのは1974年にFM東京で始まった「きまぐれ飛行船」だった。片岡義男がパーソナリティを務め、相方はジャズ歌手の安田南だった。このあまりにノンシャランな魅力にあふれた伝説の深夜放送をめぐっては、いろんな方々が語っているが、私は、いつもジャズがかかっていたという印象がある。
 数年前、『ジャズ批評』の「日本映画とジャズ」特集で、片岡さんにインタビューした際に、そのことを尋ねると「ジャズがよくかかったのは、僕自身がレコードを持っていたからですよ。ジャズのほうが扱いやすいし、きちんと特集しなくても、気に入った曲をばらばらにかけても、さまになるしね」と語っている。
 たとえば、私はこの番組で初めてブッカー・リトルという夭折の天才トランぺッターの名前を知った。当時、愛聴していたマイルス・デイヴィスともクリフォード・ブラウンともまったく違う、夜明けの澄み切った大気に全身が包まれるような美しい音色に打たれた。片岡義男はTIMEから出た名盤『ブッカー・リトル』の中から何曲か選んだが、B面の一曲目 “LIFE’S A LITTLE BLUE” をかける際に、「これは〈ほろにが人生〉と訳すべきかな」と呟いた。そして、演奏が終わった後、安田南が「このまま永遠に終わらないでほしいと思えるぐらい、素敵な曲ね」と感想を語っていたのを憶えている。私が翌日、すぐさま、そのレコードを買いに走ったのは言うまでもない。  
 また、ある時、何週間か続けて和田誠がゲストで登場したことがあり、選曲はたぶん片岡義男だったろうが、毎回そのコーナーの冒頭に流れるのがマル・ウォルドロンの “CAT WALK” なのだった。マルといえば一世を風靡した “LEFT ALONE” があまりにも有名だが、同じアルバムに入っている、このシブいナンバーこそ和田誠のモダンでメランコリックな作風にぴったりなのであった。以来 “CAT WALK” を聴くたびに、私は和田誠の童顔を思い浮かべてしまうほどだ。
 片岡義男の名著『音楽を聴く2-映画。グレン・ミラー。そして神保町の頃』(東京書籍)には、グレン・ミラーのバイオグラフィを試みた長いエッセイが収められているが、あとがきには次のような一節がある。
「グレン・ミラーの音楽は僕にとって胎教だったから、この音楽がなかったなら、少なくともいまのような僕は存在せず、まったくと言っていいほどの別人格の人になったはずだ、と当人が思う。クラシカル音楽や戦後日本の歌謡曲まで、僕が多少は知っているすべての音楽に、僕はスイングを経由して接してきた。だからグレン・ミラーがないとは、音楽のほとんどがないということであり、したがってそこに残るのは茫漠たる不毛の時間だけだ」。
 やはり、私にとって片岡義男とはジャズの人なのである。

編集者・映画批評家 高崎俊夫

今回の一冊 電子版『浴室で深呼吸』(2017年)

ジャズ歌手にまつわる短編集をご紹介。

『浴室で深呼吸』表紙

男が2人、女が2人。過去と現在にアイデアと推理が混じれば、いささかスリリングなことになる

ジャズ歌手としてデビューする友人のステージを見るため
彼女たちはステーション・ワゴンで西へと向かっている。
なにも起きていないし、確実に何かが起きているともいえる精妙な短篇である。

 

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2018年5月22日 00:00

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不定期更新。作家、ライター、編集者……さまざまな立場から片岡作品への思いを語っていただきました。読んだことのある作品でも違った面が見えてくるかもしれません。