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わたしの片岡義男 No.15渡部幻「Back to 1981」

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渡部幻(わたべ・げん)さんは、ライター、編集者。『アメリカ映画100シリーズ』(芸術新聞社)の企画・編集、一部作品解説のほか、『雲遊天下』、『キネマ旬報』、『ウディ・アレン』(文藝別冊)などに寄稿。現在、『キネマ旬報』で「ぼくのアメリカ映画時評」を連載されています。
親の本棚に見つけた『海まで100マイル』

「わたし(だけ)の片岡義男」⋯⋯! 年末に依頼を受けてビックリし、そして、深々と考え込んだ。なぜ僕に? 僕に書く資格などあるか? ブツブツと悩んでいるうちに時が過ぎ去り、気がつけば年が明けてしまっていた。

 「片岡義男」との最初の遭遇はよくおぼえている。 1981年の『海まで100マイル』(晶文社)。横型の小ぶりな美しい本で、親の本棚に見つけた。白のペンキで塗装された背の低い自家製の本棚。その一番上の棚に表紙をこちら側に向けてもの静かに置かれていた。まだ11歳の僕は、表紙の写真に見惚れていた。雲ひとつない青空、白い波が横切る海と砂浜、サーフボードを脇に抱えた男性が左に向かって歩いている。写真は佐藤秀明、文を片岡義男とあった。それからというもの、この本を家のあちこちで見かけるようになった。仕事机の上、鏡台の横、枕元、キッチン⋯⋯肩掛けバッグから本の三分の一ほどが飛び出していたこともあった。

 親の持ち物である。気に入っているようだ。興味を持ち、親が居ないときに、じっくり読んでみたいと思っていたが、いつしか行方がわからなくなり、少年の日に、つかの間出合った幻の本になってしまっていた。
 これを機会に手に入れようと計画した。「わたし(だけ)の」というテーマからすれば、これより相応しい一冊もないだろう。だが、調べてみると高値が付いていて、手を出せなかった。無念だったが、今でなくとも近いうちに何とかして手に入れることになるだろう。そんな気がしたので、頭を切り替えることにした。

『キネマ旬報』の「コンボイ特集号」で再会

 では、“次”の「わたし(だけ)の片岡義男」は何だろう。
 これもすぐに思い出すことができる。同じ81年の少しあとのこと。それ以前から兆候のあった映画中毒がいよいよ本格的になり始めていた。映画を観るたびに中毒症状を起こして映像の切れ端が頭から離れなくなった。
 恵比寿から渋谷に向かう明治通り沿いの途中に「パテ書房」というサブカルチュア系の古本屋があった。映画に飢えていた僕は、ここで『キネマ旬報』バックナンバーの山をあさるようになった。おもに70年代のもので値段は100円から150円くらいだったと思う。
 そんなある日、あの『海まで100マイル』の著者との再会を果たすことになった。『キネ旬』1978年6月下旬号の『コンボイ』特集号。ロードショー公開時に、渋谷パンテオンで観た映画だ。アメリカのトラック野郎がCB無線で交わすやり取りをそのまま音楽に乗せたような不思議な主題歌が大好きだった。C.W.マッコールが歌うドーナッツ盤レコードを買ってもらい、学校嫌いの僕は、毎朝、景気づけに聴くようにしていたのだった。

『コンボイ』特集は、サム・ペキンパー監督と彼の秘書のケイティ・ペーパーへのインタヴュー、「批評」、それに台本翻訳で構成されていた。「批評」とかぎ括弧つきにしたのは、それがいわゆる映画評とはまるで異なる、風変わりな文章だったからだ。『コンボイ』を彷彿とさせる情景が記されているものの、同時に、映画とはまた別の、何か小説の一部のようでもあった。執筆者は「片岡義男」。その四文字のたたずまいに見おぼえがあり、しばし眺めながら、ピンときた。『海まで100マイル』のあの人だ! 片岡さんの書き出しはこうだ。

「夏の終りちかく、カンザス州のどまんなか。
 どの方向を見渡しても、地平線までまったいらな、農業国アメリカの、途方もなく広い畑だ。
 早朝なのに、青い空には熱い太陽が、すでにかんかん照りだ。
 大地からは、水蒸気が、もうもうと立ちのぼっている。
 昨夜、雷鳴まじりの雨嵐があった。あのときのどしゃ降りの雨が大地にしみこみ、朝の太陽の熱で再び水蒸気として天に帰っていくのだ。
 その水蒸気のたちのぼる畑の大平原を、西から東へ、ハイウェイがぶち抜いていた。
 もののみごとにまっすぐなハイウェイだった。」

 すばらしい。映画のオープニングのように思えるが、それとも少し違うことは、同特集号の翻訳台本を読むとよくわかる。『コンボイ』のコの字も出てこないし、サム・ペキンパーも、クリス・クリストファーソンも、アリ・マッグローも出てこない。よくある解説文をイメージしながら読み始めたのだろう僕は戸惑っていたが、何度も読み返すうちに、やがて深い感銘に変わっていった。片岡さんは「アメリカのハイウェイ・システム」に触れて、次のように書いている。

「誰が、どこから、どこへむかって走ろうと、それは走る人の自由だ。どこからどこへむかおうとも、むかうさきにおけるあらたな可能性は、純粋なかたちでは、常に存在する。どこかへむかって走りさえすれば、あらたな土地におけるあらたな可能性は、誰でも手に入れることができる。」

 この文章それ自体の“自由な走り方”と重なる部分だ。これは、映画『コンボイ』にとらわれることなく、作品の核心たる荒野のスピリットに肉薄しようという試みであり、映画批評のありきたりを打ち破る、ひとつの実験ともいえる。独立した文章として読めば、映画雑誌に掲載されたものとは気づかないかも知れない。もちろん、当時の僕がこんな風な言葉遣いで物を考えたわけではないが、少年の僕は概ね同じようなことを感じていたはずだ。だからこそ惹かれ、何度も読み返したのだと、大人の僕は少年の僕をそのように解釈しているのだ。

『海まで100マイル』との出合い直しへ

 以来、片岡さんが映画について書いた他の文章を読んでみたくて仕方がなくなった。パテ書房で揃えた『キネ旬』のバックナンバーの目次に目を通し、そして、スティーヴン・スピルバーグの出世作『激突!』の特集号(1973年正月特別号)にその名を見つけた。『コンボイ』に続き、これもトラックとハイウェイと道端のダイナーの映画だ。片岡さんはここでも、小説とも批評ともつかぬ自在のスタイルを駆使して、主人公の心理を解析し、ストーリーの核心に迫っていく。ことに、神経症的なスリラー映画であるところの『激突!』を「このすてきな映画」と締め括る言葉の感覚は、淀川長治の「怖いですね」に馴染んでいた少年にとって、ちょっと衝撃的な表現だった。

 片岡義男さんが書いた映画についての文章で記憶に残るものが、まだたくさんあるが、とても書ききれない。モンテ・ヘルマン監督の『断絶』とヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』についての文章に感動したし、片岡義男.comで読めるなかにも好きなものがある。「彼女は『ラスト・ショー』の町に生きる」の中で片岡さんが描写する、ラリー・マクマートリーの原作のとある場面の感動を、どうここで簡潔に説明できるだろう。無理である。僕は、日本語で書かれた、これらのような文章を読んだことがなかったし、その後も読んだことがない。
 今日ここに書いた片岡さんの文章といくつかのアメリカ映画は、すべて僕が少年の頃に出合ったものばかりである。一ファンに過ぎない自分が、「わたし(だけ)の片岡義男」にこうもこだわるとなれば、どうしたってそうなってしまうが、人生で受けとめてきた過去の集積が、良くも悪くも現在の自分を作っている。子どもの頃に受けとめた記憶は身体の奥にまで入り込んでいるから、何かの拍子に刺激されるとすぐに甦ってくる。懐かしいとも言えるが、現在もたまに読み返す文章であり、映画であるから、その意味ではまだ“今”の作品なのだ。僕自身が観なくなれば、懐かしいもの、古いものになるのだろうが、それまでは、『コンボイ』や『激突!』や『断絶』を観るたび、片岡さんの感性、その受けとめかたを連想し続けることになるだろう。これまでもそうだった。

 しかし、たった今、最も気になる「片岡義男の本」といえば、やはり『海まで100マイル』だ。初めて出合ったのが81年。『コンボイ』の文章を読んだのもそう。『ウォーレン・オーツ 荒野より。』(大久保賢一訳/立風書房)をプレゼントされたのは82年(81年刊)。これは最も大切な本のひとつで、そのカバーにも片岡さんが言葉を寄せていた。オーツが出演したパイオニアの「ロンサム・カーボーイ」のCMもそう。36年程も前のことを今もくどくど思い出せるなんて不思議なようだが、『海まで100マイル』との出合いの前のこととなると、途端に曖昧になってしまう。あの出合いの前後を遠く隔たせる時の不可思議を感じるのだが、これは何だろう? それ以前の僕と以後の僕とではまるで別の人間であるような気すらするのである。やはり、早々に『海まで100マイル』を手にしなければいけないな、と、そう思った。

映画批評家 渡部幻

今回の一冊 電子版『西テキサスの小さな町』(1974年)

『海まで100マイル』はまだ電子化されていないため、こちらの一編をご紹介。初期の片岡義男ファンにとっておそらく忘れがたいであろう『ロンサム・カウボーイ』から「西テキサスの小さな町」をどうぞ。『ロンサム・カーボーイ』ではありませんよ。

『西テキサスの小さな町』表紙

どのような町にも歴史があり、
語る人がいる

西テキサスの小さな町で暮らす、
67名の人々
カフェとガソリン・ステーションだけの町で
流れてこの町にやってきた客に昔日の様子を語る

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2018年4月24日 00:00

わたしの片岡義男

不定期更新。作家、ライター、編集者……さまざまな立場から片岡作品への思いを語っていただきました。読んだことのある作品でも違った面が見えてくるかもしれません。