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わたしの片岡義男 No.8吉上恭太「きまぐれ飛行船にのっていた頃」

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吉上恭太(よしがみ・きょうた)さんは1957年、東京生まれ。児童書の翻訳、編集、ライターの仕事と同時にシンガー&ソングライターとしても活躍。最新アルバムは2017年9月リリースの『ある日の続き』。また、『ときには積ん読の日々』(トマソン社)というエッセイ集があります。ブログ「昨日の続き」、ツイッターアカウントは @ykyota
音楽の風景が浮かんでくる

 片岡義男のエッセイを読んでいると、ぼくの耳には低い、すこしくぐもった声が聞こえてくる。片岡さんの声だ。いまから40年以上も前のことだが、片岡さんは、『FM25時 きまぐれ飛行船〜野性時代〜』(エフエム東京)という深夜番組のDJをしていた。パートナーはジャズ歌手の安田南だった。落ち着いた声のトーンと語り口が17歳だったぼくには、とても大人に思えてあこがれの存在だった。そして片岡さんが話す、アメリカの話題に夢中になった。その頃、まだアメリカは遠い国だったのだ。片岡さんがラジオでかける音楽は、古いジャズやカントリーが多かったように思う。曲の時代背景についての話を聞いていると、まるで映画を見ているように風景が浮かんでくるようだった。

 オープニングテーマはエタ・ベイカーが弾く「ONE DIME BLUES」という軽快なフィンガーピッキングスタイルのギター曲。カントリー・ブルーズを聴いたのは初めてだった。いつだったか片岡さんがこの楽譜をリスナーにプレゼントしよう、といっていたな。安田南が「むずかしいよ、これを弾くの」というと片岡さんは「いや、かんたんだよ」とさらりといったのをよく覚えている。ぼくも楽譜を欲しかったのだけど、リスナープレゼントは実現したのだろうか。

 スタンダード・ナンバーといわれるジャズボーカルを聴いたのも、『きまぐれ飛行船』の音楽特集だった。フランク・シナトラが歌う「IT’S ALL RIGHT WITH ME」はカセットテープにエアチェックして繰り返し聴いていた。コール・ポーターが書いた名曲は数々の名演があるのだけど、ぼくはストリングスをバックに歌うフランク・シナトラのものがいちばん好きだった。何十年も経って、いつのまにかこのカセットをなくしてしまった。ふいに聴きたくなり、フランク・シナトラのディスコグラフィを調べて「IT’S ALL RIGHT WITH ME」を収録したアルバムを買ってきた。しかし、ストリングスのバックではなかった。どうしてもあのバージョンが見つからなかった。それがある日、中古レコード屋で見つけたシナトラの出演した映画音楽を集めたコンピレーションに「IT’S ALL RIGHT WITH ME」が入っているではないか。これだった! 映画『フレンチ・カンカン』のサントラだった。後日、レコードも手に入れた。100円だった。初めて聴いてから40年以上かかって、ようやく見つけたレコードだ。

 こんなふうに片岡義男について思い出すと、小説でもエッセイでもなく、『きまぐれ飛行船』がまず浮かんでくる。

ライター/ミュージシャン 吉上恭太

今回の一冊 電子版『泣くには明るすぎる』(1987年)

 今回の吉上恭太さんの文章の中にあるような、ラジオ番組が登場する小説として、例えば『泣くには明るすぎる』があります。

『泣くには明るすぎる』表紙

4年前に終了したラジオ番組
一人の女性のために一晩だけ復活させる

チームは昔と同じように完璧に機能し
無事に番組の収録は終わる
だが、この試みのうしろ側には
大きな悲しみの涙があった

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2018年3月6日 00:00

わたしの片岡義男

不定期更新。作家、ライター、編集者……さまざまな立場から片岡作品への思いを語っていただきました。読んだことのある作品でも違った面が見えてくるかもしれません。