エッセイ『作家の口福』より2作品を公開
『作家の口福』は、朝日新聞土曜版の別刷紙『be on Saturday』に掲載されていた人気連載です。一人の作家が数回ずつ持ち回りで担当し、片岡義男は2013年3月に計5回執筆をしました。片岡の他には、恩田陸・絲山秋子・古川日出男・村山由佳・井上荒野・江國香織・池井戸潤・中村文則・内田春菊他の各氏が執筆しており、一部は文庫化もされています。
「いちばんお好きな料理はなにですか」と、たまに訊かれる。サンドイッチです、と僕は答える。まともには答えてもらえなかった、というニュアンスの、ごく軽く憤慨したような、怪訝そうな表情が返ってくることが多い。手軽でいいですよね、と合わせてくれる人もいる。先日、代官山の蔦屋書店で友人とトーク・ショーをおこなったとき、サンドイッチの本を棚に探し、そのなかから分厚くて大きいのを、という基準で3冊買った。ページ数は合計で660ページほどになる。なにが手軽なものか。
(朝日新聞 2013年3月2日掲載)
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンはコーヒーを愛好した。コーヒーを淹れて飲むときには、コーヒーの豆、正確には実を、ひとつふたつと数えて12粒、グラインダーで粉に挽き、熱い湯でごく小さなカップにほんのふた口ほどのコーヒーを作り、それを飲んだという。そうか、12粒か、と僕は思った。感銘を覚えた、と言ってもいい。コーヒーを淹れるたびに、12粒。それほど感心するなら、自分でも12粒でコーヒーを淹れてみたらどうかと、ついさきほど、僕は思いついた。
(朝日新聞 2013年3月9日掲載)
2025年7月18日 00:00 | 電子化計画
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