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『彼らを書く』より「そしてエルヴィス・プレスリーをDVDで観る。」「あとがき」を公開

音楽エッセイ『彼らを書く』(光文社/2020年)より、「そしてエルヴィス・プレスリーをDVDで観る。」の8篇および「あとがき」を本日公開しました。
※(「そしてエルヴィス・プレスリーをDVDで観る。」の8篇は1作品として公開しています)

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それは白黒シネマスコープの西部劇だった

 1956年に二十世紀フォックスが製作して公開した Love Me Tender という映画は、白黒シネマスコープの西部劇だった。この程度の出来ばえの西部劇を子供の頃にいくつ観たかわからない、という意味において、この西部劇はよく出来ている。この映画の中で使われた4曲の歌のうち、映画の公開よりも先にシングル盤として発売された Love Me Tender はたいへんな売れ行きとなった。撮影は8月22日から始まったという。このときすでに、映画の題名は、The Reno Brothers から Love Me Tender に変更されていた、という説がある。9月の初旬に撮影は完了した。かかった費用は合計で100万ドルいかなかったそうだ。見事な低予算の西部劇だ。エルヴィスがハリウッドへ来てスクリーン・テストを受けたときには、バート・ランカスターとキャサリン・ヘップバーンの The Rainmaker(『雨を降らす男』)の製作が進行中だった。エルヴィスは The Rainmaker でデビューするはずだったのだが、トム・パーカーやハル・ウォリスが反対したから実現しなかった、という説がある。
『Love Me Tender』(1956/邦題『やさしく愛して』1957年日本公開)Original Trailer

さまよう青春とは、歌のうまい青年が歌手になる話のことか

 ウェンデル・コーリーがカントリー歌手を演じている。役名はウォルター・テックス・ワーナーだそうだ。彼のバンドにはグレンダという美しいパブリシストがいる。バンドが自動車で移動していく経路に沿って、点在する小さな町々に電話をかけてはカントリー・バンドにご用はないかどうか、売り込むのが仕事だ。次のステージはテキサス州アマリロでの仕事だ。この町で、グレンダはエルヴィス演じる歌のうまい青年ディーク・リヴァースをちょっとした成り行きで見つけ、ウォルターのバンドのステージへ無理やり押し上げて歌わせる。3度目のステージで、彼はウォルターからプレゼントされたギターを持ち、衣装を着て Lonesome Cowboy を歌う。映画の題名である Loving You は当初、Lonesome Cowboy というタイトルだったという。その次には Running Wild という題名に変更された。エルヴィスにとっては最初のカラー作品だった。
映画『Loving You』(1957/邦題『さまよう青春』1958年日本公開)Trailer

そんなことを思うのは僕ひとりだけだろうか

 街の酒場で中年の男性と殴り合いになったヴィンス・エヴェレット(エルヴィス・プレスリー)は、その男を殴り倒す。男は死んでしまう。逮捕され裁判にかけられたエヴェレットは州の刑務所へ送られる。そこでは、カントリー歌手をしていたという中年の男性と同房だ。この男性をミッキー・シヨーネシイが演じている。彼はギターを弾きながら、歌って聞かせる。エヴェレットも歌う。歌うのは Young And Beautiful という歌だ。これがこの映画の主題歌なのだろう。中年のカントリー歌手はやや感銘を受ける。訓練よろしければいけるのではないか、という感銘だ。二段ベッドに横たえたままのギターで、彼はエヴェレットにコードを教える。最初にCを、その次にはGを。お前にはリズムのセンスがまったくない、などと彼は言う。このような場面は大変に貴重だと僕は思うのだが、そんなことを思うのは僕ひとりだけだろうか。この映画のなかでエルヴィスは『監獄ロック』を歌う。こういうセットが刑務所のなかに作られ、そこでエヴェレットは歌うかもしれない、などとも思った。違っていた。違っていて、よかった。安堵した、と言っていい。
『Jailhouse Rock』(1957/邦題『監獄ロック』1962年日本公開)Official Trailer #1

まったく実現しなかった、という種類の可能性

 King Creole は1958年にパラマウントが製作して公開した、白黒ヴィスタ・ヴィションの作品だ。エルヴィス・プレスリーが演じる主人公の名前はダニー・フィッシャー。彼は地元ニューオルリンズの高校3年生だ。この映画の製作にかかわった人たちのうち、発言力のある誰かが、ダニー・フィッシャーという青年を、どこにでもいるごく普通の高校生にしたかったのではないか。この試みは成功しているが、エルヴィスが演じるダニー・フィッシャーは高校生には見えない。25歳くらいに見える。現実にはエルヴィスは23歳だった。これは問題だ。彼の演技は良いではないか。この物語のなかのダニーという青年をエルヴィスは良く演じてはいるけれど、鋭く立ち上がった縁のようなものが常に現在の自分を取り囲んでいる青年は、この物語とその展開のなかでは居場所がない、と書いておこう。エルヴィスの演技を、物語とその展開が、削いでいる。かつてどこかで読んだ記憶によれば、『冷血』『スター誕生』『タクシードライバー』などの脚本をエルヴィスはまっ先に送付されたという。そしていずれも無視された。映画としては実現したこの3つの作品のなかに、演技者としてのエルヴィス・プレスリーの可能性を僕は見る。
『King Creole』(1958/邦題『闇に響く声』1959年日本公開)Trailer

色はさぞかしまっ黄色だろう

 映画 Heartbreak Hotel で設定された時代は1972年だ。年代物だがピンクのキャデラック・コンヴァーティブルに乗っている、シングル・マザーのお母さんはいまひとつ意気が上がらない。なんとかしたいと思っている高校生の息子のジョニーは、10代の頃の母親が夢中になったエルヴィス・プレスリーを誘拐し連れて来て母親に会わせる、ということを思いつく。その前に、ジョニーは母親を誘ってドライヴ・イン劇場へエルヴィスの映画を観にいく。映画は Loving You だ。ここで流れる一連の場面とそっくりに作った場面が、かなりあとになって Heartbreak Hotel にあらわれる。実際にエルヴィスが演じた1957年の映画と、1972年に設定されたこの映画をつなぐ二重の架空性がここにある、という言い方は可能だろう。誘拐は成功する。そして1日だけエルヴィスはそこに留まることになる。ここからは、オハイオ州の小さな町になぜか滞在している、1972年のエルヴィスの物語となる。エルヴィスを演じた俳優、デイヴィッド・キースはを僕は高く評価する。
『Heartbreak Hotel』(1988/邦題『ハートブレイクホテル』日本劇場未公開)Movie Trailer

音声ではTell you what. 字幕では『でもさ』

『ザ・シンガー』という日本語題名の映像作品の原題は ELVIS という。1979年にアメリカのTVで放映され、日本とヨーロッパでは同じ年に劇場で公開された。そのときは119分だったが、168分になったDVDで僕は観た。1968年、ラスヴェガスのインタナショナル・ホテルの楽屋口に、自動車でエルヴィス・プレスリーが到着するところから、この作品は始まっている。観客と向き合う舞台に彼が出るのは9年ぶりだという。高校生以降のエルヴィスを演じるカート・ラッセルはよくやったと僕は思う。ただし劇中の歌はすべてロニー・マクドウエルによるものだ。録音スタジオで Heartbreak Hotel を録音しようとしている場面は、考察に値する。当時の録音スタジオで直接の関係を持った人たちから聞いた話をつき合わせて出来た場面なのか、それとも、あの歌のレコードを何度も聴きながら、逆の方向へと推理して手に入れたものなのか。劇中で「Tell you what.」という言いかたがある。ごく気楽な日常の会話のなかで、合いの手のように使われる慣用句だ。この短いひと言が、『ザ・シンガー』のなかの字幕には「でもさ」と出た。これも僕にとっては収穫だった。
『Elvis』(1979/邦題『ザ・シンガー』1979年日本公開)Movie trailer

偶然というものはない

 GRACELANDと行く先を書いたボール紙を掲げて、中年の男性がひとり、道端に立っている。彼はヒッチハイクの途中だ。エルヴィスと名乗るこの謎の男性をハーヴェイ・カイテルが演じている。そこへ若い男性がひとりで運転する、1959年モデルの深い青色のキャデラックのコンヴァーティブルが走ってくる。つい先日、列車との衝突事故で妻を失ったバイロンだ。彼は自分はエルヴィスだと名乗り、グレイスランドへ向かう途中だという謎の男を、ヒッチハイカーとしてキャデラックに乗せることになった。エルヴィスと称する中年の男性は謎の人だ。最後まで謎は明かされない。そうか、そういう人だったのか、という謎解きはないままだ。しかし、謎が次第に深まっていくわけではない。一定のところに維持され続ける謎、という正解ぶりだ。その謎の男は、この人生に偶然というものはない、と断言する。
『Finding Graceland』(1998/邦題『グレイスランド』1999年日本公開)

ピーナツバターとバナナのサンドイッチ

El Último Elvis は2012年のアルゼンチンの映画だ。英語の題名は The Last Elvis だった。電機工場で組立工をしているカルロス・グティエレスという中年の男性は、どこへ行っても、誰にでも、自分のことをエルヴィス・プレスリーと名乗る。昼間は組立工として働き、夜はエルヴィスのような衣装をまとってライヴの舞台に立ち、エルヴィスが歌った歌を歌う。エルヴィスとして知られ、人気はある。場面として僕が最も気に入っているのは、カルロスがサンドイッチを作るところだ。両手で、かなり力を込めてカルロスはパンを押さえる。いくつものサンドイッチの上に板を渡し、その上に子供を重しとしてすわらせた、という昔の日々もあるという。昔のパンは硬かった。カルロスがサンドイッチを押さえるのは、そのような昔日の名残りの、最後の部分だ。ひとつを父親から受け取った娘は、「なにのサンドイッチなの?」と訊く。「ピーナツ・バターとバナナ」と、カルロスは答える。
『El Último Elvis』(2012/邦題『エルヴィス、我が心の歌』2016年日本公開)

(以上8篇『彼らを書く 「そしてエルヴィス・プレスリーをDVDで観る。」』光文社/2020年より)

 はじめは映画の本を作るつもりだった。だからDVDで僕は映画を選んだ。採り上げるための映画だ。20作品を選ぶと、その並び方には明らかに僕があった。当人だから、僕があった、と言えるのだが、その他はすべて当人ではないのだから、その大勢の方たちは、この選びかたには当惑するはずだ、という意見が担当の編集者である篠原恒木さんから出た。篠原さんが得たひらめきによれば、音楽映画でまとめるといいのではないか、ということだった。それには僕も賛成だった。だから音楽映画で選びなおして配列していくと、それはそれで問題をいくつもはらんでいる事実が判明した。……僕を見ていた篠原さんは最終的な閃きを得た。音楽映画で3人に絞る、というアイディアだ。正確には6人だろうか。ザ・ビートルズ、ボブ・ディラン、エルヴィス・プレスリーの「3人」だ。僕は賛成した。

(『彼らを書く 「あとがき」』光文社/2020年より)

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2024年5月10日 00:00 | 電子化計画