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片岡義男.com 全著作電子化計画

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ある出口に佇んで

 東京、地下鉄銀座線。渋谷から浅草まで、日本で一番古い地下鉄が戦前から走っている。昨日、この地下鉄の京橋駅の上にある「明治屋」へ行った。「明治屋」はその建物がロンドンの老舗「Fortnum & Mason」に似せたと言われる雰囲気をもった食料品の店だ。再開発で今はがらっと雰囲気が変わった近隣でも「明治屋」は元のままだ。京橋にゆかりをもつなら知らない人はない。何を隠そう、片岡義男もこの地下鉄駅と明治屋出口という道を歩いてきた。
片岡義男.comで公開されているエッセイの中に、明治屋出口の記述がある。『渋谷から京橋まで眠る』(『坊やはこうして作家になる』に収録)を開いてみる。その中にこんな一文があった。

〝僕はすわらない人として車両に入り、吊り革につかまって京橋までいった。確かにラッシュ・アワーではあったけれど、当時の地下鉄はまださほど混んではいなかった、と僕は記憶している。京橋で降りて、明治屋のわきへ出る階段を上がった。この階段はいまも昔のままにそこにある。明治屋の前を交差点まで歩き、南へと道路を渡り、昭和通りを越えて僕は歩いていった〟

地下鉄銀座線・京橋駅明治屋出口。地下鉄の出口だとはいうものの、どことなく趣が違った雰囲気があるのは、この上に建つ「明治屋」の一部に出口がなっているからだろう。

 片岡義男はこの出口の階段を上がり、右方向へ曲がって大通りを渡って行った。時代は7、8年ちょっと遅れて、私はこの階段を降りて行った。写真では暗闇になっているが、そこにバーがあり、ちょっとしたレストランがあった。看板にある「モルチェ」という名前は今も頭の中に刻み込まれている。散々安酒を飲んだ挙句にここにやってきて、当時輸入され始めたスコッチのブランドを注文した。忘れもしない「バランタイン」だ。明治屋が輸入元だった。「もってこい、我々芸術家は安酒は飲めない」なんちゃって。今やスーパーでは、サントリー、ニッカよりも安い品物に成り下がり。
 めくるめく思い出が目の前を横切っていく。この出口の前に、いつか片岡義男と一緒に佇んでみたい。嫌がるかもしれねぇナ。空想だけでもいいんだよ。
 おもては晴天、青空、もうしばらくすると、梅雨がやってくる。

階段を降りるとそこにバーがある。変わっていないということは、何と大きなものを人の心に与えていくのか。私が撮った「東京を撮る」の一枚を余興としてお届けいたします。

片岡義男全著作電子化計画プロデューサー 萩野正昭

2023年5月17日 15:10 | 片岡ニュース

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