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新品にはとうてい真似のできないこと

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 ニューヨークで仕事をしている日本人女性の友人がかつてぼくに書き送ってくれた手紙の一節を、いまぼくは思い出している。ニューヨークにおける自分の日常生活のこまごまとしたいろんなことについて書いたなかに次のような一節があった。

 「いま、古い服の、白に疑っています。古い服を売っている店をたずね歩いては、昔のブラウスやシャツの微妙な白さを買い集めています。気に入ったのが、すでにいくつも手もとにあります」
 というようなことを、彼女は書いていた。十年ちかく前のことだ。

 この手紙をもらってから六か月ほどして、彼女は休暇でニューヨークから東京に帰って来た。久しぶりに会った彼女は、一九四〇年代のアメリカのものだということがすぐにわかる、ショルダー・パッドの入った美しいジャケットの下に、純白ではぜったいにないがクリーム色でもあるいはごく淡いベージュでもない、なに色とも形容できないような素敵な白の、シルクのシャツを着ていた。じつに微妙な、としか言いようのないその白さは彼女の美しい顔立ちとかスキン・トーン、あるいは髪や化粧に、よく似合っていた。ニューヨークで買った昔のシャツの白さのひとつであり、買った店の女主人が言うところによると、エドワード王朝時代のシャツなのだそうだ。

 『チープ・シック』というタイトルの、着こなしの本をかつてぼくは翻訳したことがある(邦訳は草思社)。古い服に関する項目があり、そこを訳しながら、そのときもやはりニューヨークにいた彼女が凝っている昔の白い服について、いまとおなじように思い出したものだ。昔の服の白さに凝っている、という手紙を彼女からもらったのは、ぼくが『チープ・シック』を日本語に訳した頃からさらに3年くらい前だった。

 いまの、この世のなかで、きちんと社会的な位置を手に入れ、そこでちゃんと仕事をしている普通の人たち、つまりカタカナで書くと、コンテンポラリーなワーキング・ピープルが日常的に着こなすファッションとしての古い服についての基礎知識を『チープ・シック』の古着の項目で得たぼくは、ニューヨークの彼女が東京へ来るたびに、彼女が買いつづけている昔の服のことについていろんなことを教えてもらった。

 彼女が凝っている昔の服は、ひとことで言えば古着だが、保存の状態の悪いしかも安物のセカンド・ハンド・クロージングではないし、アンティークでもない。アンティークと呼びうるためには前世紀ないしはそれ以前、つまりすくなくとも百年以上は経過していなくてはいけない。そして、ごく日常的にしかもファッショナブルに着こなせて、そのことによって新しい価値が生まれてくるような古着でないといけないから、ヴィンテージ・クロージングと呼ぶのがもっとも適当であり、ニューヨークにあるそのような服を扱う店の人たちも、自分たちが扱う服をヴィンテージ・クロージングと呼んでいる、と彼女は言っていた。

 このような、ヴィンテージ・クロージングとしての古着についてのいい参考書はないものかと気をつけてきたのだが、いまのところもっとも基本的で参考になるのは一九八二年にハリエット・ラヴが出した『ヴィンテージ・シック』であるようだ。現代のワーキング・ピープルがシックに着こなすことによって生まれ変わるヴィンテージ・クロージングについての参考書だから、『ヴィンテージ・シック』なのだ。かつての『チープ・シック』のなかの古着に関する部分だけをさらにこまかく具体的に書いて一冊にまとめたような印象の、よくできた面白い本だ。

 ハリエット・ラヴは、一九二〇年代、三〇年代、さらには四〇年代から五〇年代にかけての古い服を現代的に生き生きとしたファッションとして着こなしなおしていくという、いまのファッションにとってのひとつの大きな流れのはじまりをかたちづくったひとりとして、アメリカの業界ではよく知られている。自分の名前をそのまま店名にした、ハリエット・ラヴといういきとどいたヴィンテージ・クロージングの店を、マンハッタンのウェスト・ブロードウェイにいまでも持っている。

 ハリエット・ラヴがニューヨークに最初に店を持ったのは、一九六五年だった。当時の彼女の店では、たとえばもっとも品数のそろっていたブラウスのコーナーではヴィクトリア王朝ものの、完璧に近い保存状態のたいへんに質のいいブラウスが、二十ドルくらいでいくらでも手に入ったという。しかし、いつの時代でもいちばんおくれている普通の人々は、いくら安くて完璧でもヴィクトリア王朝もののブラウスを古着屋で買ってきて着ることに関して批判に満ちた好奇の視線を向けているだけだった。

 一九六〇年代後半のハリエット・ラヴの店での上得意は、演劇をやっている女優や画家、ミュージシャンなど、芸術畑で自分の可能性をフルにためしてみようとしていた若い人たちだった。普通の人たちにとっては、ハロウィーンで着ることぐらいしか思いうかばないようなヴィンテージ・クロージングが、彼らにとっては、ほんのすこしの出費によってつくり出せる、自分たち独特の、新しいファッション・ステートメントだった。

 材質や色づかい、ぜんたいのスタイル、こまかなディテール、着たときの落ち着いてはいるけれどもシックに華やいだ雰囲気など、どの点に目をとめても、ヴィンテージ・クロージングは、現代の新品にはとうてい真似のできない良さを持っている。やがて普通の人たちもヴィンテージ・クロージングの店に入ってくるようになり、スカーフやハンカチ、あるいはジュエリーのような小物から買いはじめた。ヴィンテージ・クロージングの店は増え、買う人も増え、品物はすくなくなり、値段はあがってきた。しかし、高くなったとは言っても新品で買いととのえるよりはまだはるかに安いため、ヴィンテージ・クロージングの支持はいまでもさかんにつづいている。いくつもの店をまわって気に入ったものをみつけ、自分のワードローブのなかでそれをミックス・アンドマッチさせて着こなしのグッド・センスをみがき生み出していく楽しさは、すてがたいのだ。

 ヴィンテージ・クロージングとはなにかという基本の説明やヴィンテージの買い方、ヴィクトリア王朝から現在にいたる百年間のファッション史などにつづいて、ヴインテージ・クロージングの全域にわたって、なにを買いどう着こなすかを、ハリエットは自著のなかで説明している。ランジェリー、ドレス、ブラウス、シャツ、セーター、パンツ、スカート、ジャケット、毛皮、スカーフ、アクセサリー、ジュエリーとほんとに全域をカヴァーし、サイズの修正、そしてショップのリスティングを加えている。用語解説もついている。アメリカ的な明快な合理性とユーモアを全篇にたたえたハウ・トゥだから、読んでいるだけでも充分に楽しめる。

 ハリエットも書いているとおり、ヴィンテージ・クロージングのなかでまず最初に売れはじめたのは男物のシャツだった。ギャープ、と略して呼ばれることの多いギャバジンのシャツ、カウボーイ・シャツ、ハワイアン(アロハ)・シャツ、タキシード用のシャツ、カラーバンド・シャツ、そして五〇年代、六〇年代のボウリング・シャツがハリエットが認めてすすめるヴィンテージだという。このような男もののシャツのヴィンテージは、たとえばしゃきっとした若い女性なら、工夫ひとつでどんなふうにでも着こなすことのできる、ヴァーサタイルというかウェアラブルというか、とにかくたいへんに重宝なものだ。愛するカウボーイのために、恋人が心をこめて刺繍をほどこした一九三〇年代のロデオ・シャツなどは、サイズがあわなくても飛ぶように売れている。ハンガーで壁にかけておくだけで、心なごむ飾りとなってくれるからだ。

『紙のプールで泳ぐ』新潮社 1985年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』太田出版 1995年

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Harriet Love, Harriet Love’s Guide to Vintage Chic(Henry Holt & Co., 1982)

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『チープ・シックーお金をかけないでシックに着こなす法』(カテリーヌ・ミリネア、キャロル・トロイ著、片岡義男訳、草思社、1977年)


1985年 1995年 『チープ・シック』 『ヴィンテージ・シック』 『紙のプールで泳ぐ』 『自分を語るアメリカ』 アメリカ 彼女 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』
2016年1月25日 05:30
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