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噓と隠蔽の国

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 この本〔『日本語で生きるとは』1999年〕の冒頭に、「英語で生きる人」と題した部分がある。英語で生きるとはどういうことなのか、ということについてごく簡単に書いた部分だ。

 英語で人生を生きていく人のありかた、そして生きかた。英語によって営んでいく人生、そしてそれはどのようなものなのか。英語という言葉で生きるとき、人はその言葉によってなにを要求されるのか。要求されていることに対して、なにほどか応えていくのが、人生なのではないか。要求に対する多数の人たちの応えが、その社会を作っていくはずだ。英語という言葉は人のありかたをどのようにきめるのか。英語という言葉は、どんな社会を作るのか。英語という言葉の構造や性能が、その社会の出来具合にとって、どのように反映し影響しているのか。

 以上のようなことについて、出来るだけ単純に、しかしいまの僕にとって気がすむように書いてみたところ、四百字の原稿用紙に換算して、約五十枚の分量に収まった。ひとまずこれで充分だろう、と僕は思う。英語による人生と、その人生の集積である社会とを、僕は理想化しているのではない。単純化するとこうなる、というだけだ。英語による人生や社会は、なかなか良さそうなものに思えるかもしれないが、プラスの方向があるならマイナスの方向もあるのは、当然のことだ。

 英語による人生の基本が、これほどに短く単純に書くことが出来るのに対して、日本語による人生はどんなことになるだろうか。日本語による人生へのアプローチのひとつとして、日本人による英語の勉強をめぐるさまざまな問題について、僕は書いてみた。日本人として日本語で育った人が、英語という外国語を勉強するときに体験するいくつもの障害は、その人たちが自国語として身につけている日本語、そしてそれによる人生の問題なのではないのか、という仮説に僕は立っている。

 英語を勉強する、という状況のなかで日本語を観察すると、正しい勉強を邪魔する問題点が、日本語による人生のなかに、いくらでもあるように思えてくる。問題点は次から次へと立ちあらわれてくる。だからそれらを、かたっぱしから列挙していくほかない。

 日本語という言葉が持っている基本的な性能のひとつに、ひたすらなる列挙、という特徴があると僕は思う。なにかやっかいなことについて書くと、どこまでも続く絵巻物になる、という特徴だ。日本語について書いていくと、まさにその特徴じたいが、あらわになる。日本人による英語の勉強の問題点について列挙していくと、それは日本語で生きる人生の問題点の列挙となっていく。

 日本語で運営されている日本の問題点を観察すると、その結果はこれまたどこまでも続きそうな列挙となる。日本をどうすればいいか、というテーマのパネルディスカッションがよくある。出席して語る人たちが、それぞれにいろんな問題をあげていく。どの問題も、おたがいに結びつく部分を持っている。この問題の核心となっているこれは、そちらの問題の核心とも密接につながってひとつだ、というような結びつきだ。

 問題は次々と列挙されていく。なにがどうなっているのかすべてが問題なのだ。なにをどうすればいいのか。ディスカッションの場でのひとまずの結論は、ひとりひとりが変わらないかぎりなにも変わらない、というところに落ち着く。論としてはもっとも正しいから、そうならざるを得ない。

 ひとりひとりが変わるとは、どういうことなのか。なにをどう変えるのか。このことをめぐる提案もまた、際限のないような列挙となっていく。日本論や日本人論、あるいは日本語論は、たくさん書かれている。なぜなのか、その理由の核心を僕は見たような気がする。際限のない列挙が可能だからだ。列挙とはならべかただ。ならべかたにはいろいろある、つまり書き手ごとにさまざまに書き得る、ということだ。

 僕が書いているこの本も、そのなかの一冊なのだろう。書いてみたいと思わせるなにかが、書き手のなかに発動されるのではないか。ひょっとしてそれは、主観というものではないか。これがこうだからいけないんだよという主観を、人は述べたくなるのではないか。

 人は自国語である日本語でいくほかない。その日本語に問題があるなら、使いかたが問題なのだ。身につききって慣れきった使いかたを別なものへと変えていくには、巨大な強制力が必要なのではないか。外国との無限に近い接近は、そのような強制力の発生源として、もっとも現実的だろう。

 外国との無限に近い接近とは、外国のやりかたが日本の内部に入ってくる、ということだ。日本のなかでごく日常的におこなわれる外国のやりかたという領域は、拡大されつつある。おもて向きは日本語でも、やりかたそのものは外国のものである、という領域だ。この領域の拡大をとおして、日本語の使いかたは変化していくはずだ。その変化に、肯定的な期待を持っていいかどうか。

 いま見えている現状では、金融を中心にした経済活動の分野で、外国のやりかたという領域は拡大している。たとえば自己責任というやりかたは、それまでの日本流であった、安心であってほしい、安心でなければ困る、安心でないはずがない、安心だ、まかせておけばそれでいい、という思考の経路をやがて人々に捨てさせる力となるのではないか。

 日本語が持っている性能のなかで、きわめて特徴的な部分、そしてその日本語の日本人による使われかたのもっとも特徴的な部分は、僕にとらえることの出来る範囲で言うと、主観にかかわる部分だ。

 日本語が誰の主観にも奉仕する言葉として使われてきた歴史は長い。日本語という言葉に託してなにごとかを言いあらわそうとするとき、託するものとしてもっとも重要なもの、あるいはもっとも好まれるものは、ひとりの人の主観なのではないか。そしてもっとも嫌いなもの、もっとも避けたいものは、自分が負う責任、あるいは誰のものにせよ、責任の所在が明らかにされることではないか。

 主観とは、そのときどきで、どうにでもなる性質のものだ。それは自分の都合のままに可変だ。その反対の、どうにもならないものの典型は、責任が発生するという事実だ。責任の発生によって、自分にとってまったく好ましくないところに、主観の主体である自分が固定されること、それが主観の人はなにより嫌なのではないか。

 責任というもの、さらにはその内容や所在も、主観によってどんなふうにでも解釈することが出来る。だから、そこにある厳然たるひとつの事実そのものよりも、それを自分がどう受けとめるか、どう解釈するか、心のなかでどのように始末をつけるか、その人がそれを主観のなかでどう染め上げるか、いちばん大事なのはこういったことであるようだ。言葉はまずこのために使われる。そこにあるひとつの事実は、言葉を経由して、ひとりの人の主観となる。ひとつの事実は、人の数だけの主観となる。

 ひとつの事実は多くの視点から見ることが出来る。正反対の見かただって成立するし、それが正しい場合も少なくない。多くの視点からの観察と意見を突き合わせる作業をとおして、ひとつの事実の全体像への接近が試みられる。日本語の使われかただと、ひとつの事実を人それぞれの視点でとらえ、人それぞれの主観に染めて、そこですべては完結してしまう。日本語の使われかたのなかでは、人それぞれが真実なのだ。

 桜がまもなく咲く。明日は満開だ。さあ、咲いた。そしてもう散り始めた。この雨と風で桜も終わりだ。という一連の自然現象は、ありとあらゆる主観の発露のための材料となる。桜が咲いて散るという、ひとつの事実としての自然現象を、そのときその場の自分はどうとらえたか、それになにを託したか、そのときの心情的な背景はどのようだったか。そのときその場ごとに変化する主観の、その変化の様相こそその人であり、その人の人生であるという価値のありかたは、どこから発生するものなのか。

 厳密に事実と突き合わせるならば、ひとりの人の主観など、吹けば飛ぶようなものだとよく承知していることから、それは発生していると僕は思う。主観は吹けば飛ぶようなものだとわかってはいても、とはいえしかし、事実は事実としてかたわらに置いておき、冷たい理屈は言わず、人間味やその人の味わい、人生体験、温かみ、渋みなどの主観を優先させたいという価値観のありかたは、主観と客観のダブルスタンダードという、強力なありかたを生み出す。

 ルールはルールで建前として置いておき、本音は裏ルールで融通無碍にとりおこなう。融通無碍とは主観の最たるかたちだ。問題が桜なら、言葉がいかに主観に奉仕しようが、せいぜいが文芸的な感慨が心の表層に浮き沈みするだけだ。しかし現実のあらゆる側面と結びつくと、現実のありかたすべてを支配するほどの、強力な力となる。

 主観と客観のダブルスタンダードは、なにごとかを言いあらわしている言葉そのもの、あるいは言葉によって言いあらわされたそのものを、最初からろくに信用しない、相手にしない、無視する、という現実を生む。いちばん手前で表面を形成している言葉を信用しないから、言葉の裏にあるもの、表面の言葉の裏にあるもうひとつの言葉を、さぐり当てようとする。さぐるとそこには確かに裏があるという現実と結合すると、ダブルスタンダードは社会システムそのものとなる。

 このようなダブルスタンダードの社会にとって、複雑なことを正面からきちんと論理の筋道をつけて喋ったり書いたりするという、言葉による説明能力は敵となる。敵性のものはうとんじられる。言葉は軽視される。これが長く続くと、言葉の能力の欠如が、通常の状態となる。いちばん外側に立つ言葉でルールという秩序が作られるのだが、現実にはいちばん裏にあるルールでことが運ばれる。ルールは無視され、言葉は限度いっぱいに軽視される。

 主観に奉仕する言葉に支えられ、私的な損得にかまけ続けるという実態が、こうして拡大されていく。それにとって邪魔になるようなもの、たとえば宗教は、そこにはいっさいない。そのときその場ごとの主観の発露、自分の都合の追求、私的な損得のやりとりなどは、現場主義の最たるものだ。

 自分にとってもっとも好ましい都合とは、一定の効果を生むために自分が引き受ける負担が、可能なかぎり小さくて軽いことだ。おなじ効果なら、できるだけ楽をしたい、ということだ。楽をするための必須条件は、なにか。事実というやっかいなものを、いっさい見ずにおくことだ。

 事実は無限の多面体だから、ちゃんと見るだけでも充分に疲れる。見れば問題は際限なくある。問題が見えたなら、それについて考えなくてはいけないし、行動を起こさなくてはならない。行動すれば責任やリスクが発生する。責任を負うなんてとんでもない、リスクはまっぴらだという信条は、事実に関して完全に無知な状態を作り出す。認識は恐ろしいまでに甘く、ゼロに近くなる。隠しておいて嘘をつくという状態も、可能なかぎり楽をしたいという、自分の都合から発生してくるものだ。

 そのときどきという現在の、絶えることのない連続。これが最大の価値であり、それ以外のことは都合に合わせてどうにでも言えるとなると、すべてを超越して圧倒的な多数をひとつの価値観でまとめあげる、強力な求心力としての宗教は、現場主義にとって完全に矛盾するものだ。最大の価値と矛盾するものは、存在することが出来ない。したがってそれは日本にはない。

 公共性という価値は、原則として全員にプラスに作用する普遍的な価値だが、これも個々の主観とは大きく矛盾する。公共性という価値は、なにを寝ぼけたことを言ってやがる、とひと蹴りされてそれでおしまいだ。だから現在にいたるまで、それは日本にはない。

 邪魔するものがないかわりに、後押ししてくれるものは強力にあった。科学精神は宗教と同心円を作るものだが、単なる応用技術は、その場ごとの現場主義とよくなじむ。そのときその場ごとの、必要とされるあらゆる用途に、応用技術は注ぎ込むことが出来る。だからこれは日本ではたいへんに発達した。

 日本の近代の歴史のなかで、こういったことをきわめて特徴的なものとして観察することの出来る場面は、たとえば日露戦争だ。日本海で日本の海軍はロシアの艦隊に勝った。洋上で対決する艦隊は大砲を撃ち合って戦う。ロシアの戦艦が撃つ大砲は、照準がたいへん不正確だった。ロシアの戦艦から飛んでくる砲弾は、これが戦争とはとても言えないほどに、日本の戦艦に当たらなかった。

 ロシアが放つ砲弾には不発弾が多かった。たまに当たっても、戦争にならないほどに、ロシアの砲弾は炸裂しなかった。それにくらべると日本の照準の正確さは桁違いで、ロシアとの比較で言うなら百発百中だった。そして不発弾は事実上のゼロ。よく命中し、かならず炸裂すれば、当てられたロシアの戦艦は炎上しないわけにいかない。

 日本は確かに勝ったが、それはかろうじての勝利だったと、多くの当事者が証言している。偶然に勝った、まぐれ当たりだった、とすら言われている。このような事実を事実のままに観察して分析し、それ以後のことに役立てればよかったのだが、かろうじての勝利を日本は大勝利にし、東郷平八郎元帥を軍神にした。そしてそれ以降、戦場に吹く風は日本を勝たせる神風だけであることになった。

 戦争にもっとも必要なのは、科学的な用意周到さだ。だがそれは、実体のなにひとつない、したがって極限的なまでに主観的な、なにするものぞ、というようなひと言で、すべてしりぞけられた。

 日本の外に向けての拡大の方針は、国内にあった事情を統合した結果であったと同時に、世界の情勢を点検すると、拡大に賭けるという方針を採択せざるを得なかったものである。日露戦争の「大勝利」は、この武力拡大方針の採択と緊密に連動している。拡大一途という方針は、かたちを変えて戦後の日々のなかでも、そのまま継続された。経済活動の拡大だ。

 敗戦によって日本は歴史から断ち切られた。アメリカからあたえられた民主主義に対して、過去は封建主義であるとされ、戦争放棄に対しては、過去は軍国主義以外のなにものでもない、ということになった。

 経済活動の主体は私企業だ。公共性などという価値とは、じつはなんの関係もない、自分勝手な組織だ。私企業のこの基本的な性格は、そこに雇用される人たちひとりひとりのものとなった。私的利益の追求は、経済の右肩上がりの内部にくるまれて、生活の安定や向上として営まれ、数多くの新製品による生活とものの考えかたの大変質が、それにともなった。戦後の日本はほぼ十年単位で大変質を重ねた。一九八〇年以降は五年単位ではなかったか。

 いくつも重なり合う相乗効果で、大変質の影響力は何乗倍にも高まり、世代間や個人間の分断が進行し、私的な利益の追求や私的な消費の快楽は、ひとりの人の私人としての側面を限度いっぱいに拡大した。そのような拡大がなによりの価値として確定すればするほど、公共性のような価値は徹底して存在しないものとなっていった。

 経済活動を拡大していく企業群、そしてそれを保護しついにはよりかかるまでになった政や官というシステムぜんたいにとって、もっとも都合のいい状態は、すべてが建前と本音で動いている状態だ。建前を前面に建てておき、その裏で本音が跋扈する。

 建前とは噓のことだ。その裏面で裏ルールによっておこなわれることが、じつは本当のことだ。しかしそれは知られては困るから、隠蔽するほかない。噓と隠蔽の国は、こうして出来ていく。どこの組織も自分たちの利益を守るために、噓と隠蔽とを必要としている状態の現在は、戦後の日本がひとまず到達した地点だ。

 そしてその日本は、自らを改革し変わらなくてはいけないという。改革の対象は日本のすべてだ。ひとりひとりの意識がまるで奇跡のように変革され、それが日本の改革を引き起こすというようなことは、現実には不可能だと見たほうがいい。

 すでに書いたとおり、変わらざるを得ない部分から、変わっていく。その効果の蓄積と増幅が、変わらずにいる部分に対して、変化することを要求していく。最後まで変革を拒み続ける人たちがどこにいるか、少しずつ明らかになっていく。もっともうまくいった場合、このような日々を、これからの日本は歩む。

(『日本語で生きるとは』1999年所収)

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2016年7月11日 05:30
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