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自然から遠く離れて

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 明治時代までの日本人は自然とともにあった。あらゆるかたちの自然を信頼し、必要にして充分に畏れ、自然のなかに自分たちが見つけることの出来るさまざまな恵みに寄り添い、それらと静かに共生し、美しい緊張関係のなかにすべての人が充足していた。

 自然とともに送る日々という生きかたが、その根底から破壊され始めたのが、明治時代だった。鎖国を解いて文明開化とはなったが、文明の開化とは富国強兵や殖産報国であり、重工業を中心にハードウェアにおいて西欧に追いつき、それを追い越すことだった。

 それがひとまずどのような結果に終わったか、おぼろげにすら知らない人たちがいまは多い。ハードウェアはかつかつのところでなんとかなったが、たとえば国際感覚というソフトウェアでは、時代遅れという世間知らずのままだったから、西欧列強の植民地競争に、みずから飛び込むかのごとくに巻き込まれた。

 総決算としての太平洋戦争に決定的に敗北した次の日から、自然をさらに破壊し、自然から遠のき、自然を無視する生きかたを突き進めていく過程を、日本は国家的なスケールの営みとして開始した。戦後日本にとっての至上の命題は経済の復興だった。この復興が驚嘆すべき速度と内容において達成された事実は、いま振り返ってごくおおざっぱに検討するだけでも、すぐにわかる。

 復興のあとには高度成長が続いた。限界などどこにもない、と誰もが思ったほどに、経済は拡大され続けた。ないがしろにして久しい自然から遠のくいっぽうという、人類史上にも類例のないような、おそろしく人工的で不自然な生活を、それこそ自分たちが手にすべき輝かしいありかたとして、人々はなんの抵抗もなしに受けとめた。

 このような過程のなかに深刻な弊害が発生しないわけがない。国土の自然は経済のために破壊され続け、目に見えるかたちで人々をも侵していった。国土とそこに生きる人たちに対する、修復の不可能な、したがっていまだかつてなかったような重大な犯罪行為としての自然破壊は、いまも続いている。行政はなんら反省していないから、破壊はさらに拡大していくだろう。

 いっさいの自然を無視するだけではなく、かたっぱしから破壊していく経済活動がその頂点をきわめたのが、バブルだった。経済のためならなんでもあり、という方針をバブルは日本社会の隅々まで浸透させた。自然という絶対的な力との、正しい緊張関係のすべてを、日本は放棄した。食糧の自給率は、いったんなにかあれば事実上のゼロであるという現状は、日本が到達した不自然な生きかたの、わかりやすい具体例だ。

 さらにわかりやすい具体例を、最近の日本は手にすることとなった。毎日の食事として食べるものを、人々は店で買って生きている。どこで生産されどのように加工されたものかなど、いっさい知らないままに食べている。

 食べものを金銭で買って生きるしか方法のない人たちが、うかつにも最後の最後まで気づかないのは、店で売っている食料や食材も、経済効率最優先の方針で生産されるものにすぎないという、ごくあたりまえの事実だ。自然から遠く生きるなら、それにふさわしく食べるほかない。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年


2004年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 戦後 日本 経済 自然 食べる
2016年2月4日 05:30
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