アイキャッチ画像

「ザ・ネーム・オヴ・ザ・ゲーム・イズ・デス」②

縦書きで読む

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

『ザ・ネーム・オヴ・ザ・ゲーム・イズ・デス』と、片仮名をいくつも続けて書くのはつらいので、意をとった仮の日本語題名として、『死を賭けて』と書くことにする。先月号(*13「ザ・ネーム・オヴ・ザ・ゲーム・イズ・デス」)に書いたとおり、『死を賭けて』という作品は一九六二年にゴールド・メダルというペーパーバックの叢書から刊行された。そして一九七三年に改訂版が出た。

 つい最近、それを僕は読んだ。読んだきっかけは、スティーヴン・キングという作家が、「ハードボイルドのなかでも最高にハード」と、この作品を評しているのを目にしたことだ。

 すでに書いたとおり、この作品の主人公はプロの銀行強盗だ。プロの銀行強盗とは、少数精鋭の仲間とともに白昼堂々と銃器をかざして銀行に押し入り、行員や客たちを威嚇して静かにさせているあいだに、仲間がかき集めた現金を持って自動車で逃走するという、ハードと言うならかなりハードな仕事によって、生きてこの世にある自分の生活を支えるプロ、というような意味だ。アール・ドレイクという名の通り、三十代なかばの独身の男性だ。このドレイクという男を主人公に、一九六二年の『死を賭けて』を第一作として、僕の知るかぎりでは一九七五年あたりまでの十年を越える期間のなかで、第七作まで書きつがれたようだ。

 このドレイクがとりおこなう、少なくともドレイク・シリーズに描き出されたものとしては最初の銀行強盗の場面から、『死を賭けて』は始まっていく。場所はアリゾナ州のフィーニックスだ。襲う銀行はセントラル・アヴェニューにあるという。季節は九月の終わりだ。陽ざしはまだ強く、したがって暑い。外の暑さや陽ざしの強さと、銀行内部の冷房の効いた空気との対比が、ドレイクの体感として、現金強奪の場面に書いてある。十数人の客、そして数人の行員たちを、ドレイクひとりでいっきに威嚇し鎮圧する手段として、ドレイクはガラスの壁に向けて拳銃を連射する。割れて砕けた何枚ものガラスが、すさまじい音を立ててフロアへと落下する。とにかくまずこんなところが、スティーヴン・キングが言うところの、「もっともハードなハードボイルド」に該当するのだろうか、などと思ってしまうが、『死を賭けて』の物語はまだ始まったばかりだ、あわてずにいくとしよう。

 ドレイクとともに銀行に押し入ったのは、バニーという男だ。ドレイクにとっては信頼の出来る優秀な同志だ。ドレイクが客と行員を鎮圧し、バニーが現金をかき集める。銀行の外には逃走用の自動車が停めてある。セントルイスで仲間に入れた若い男が、運転手役としてその車のなかで待機している。銀行強盗団はこの三人だ。押し入ってから現金を抱えて外へ走り出ていくまで、所要時間は二分間でことをすませる、などとドレイクは一人称による語りのなかで言っている。

 ありったけの現金をかき集め、バニーが外へ走り出ていく。ドレイクが彼を追う。逃走車の運転を引き受ける若い男は、経験と鍛練がともに不足している結果として、待っているあいだになかばパニック状態となり、車の外に出て歩きまわっていた。走り出て来たバニーとドレイクを見て彼は車へ駆け寄り、歩道側のドアを開けようとする。銀行から守衛が出て来て散弾銃を発射する。若い男は顔の半分を吹き飛ばされ、死体として車のかたわらに転がる。

 ミシシッピー河を西へ越えると誰もがワイアット・アープだからなあ、などと思いながら、ドレイクは守衛を射殺する。ドレイクはスミス・アンド・ウェッスンの38口径の拳銃と、コルトのウッズマンという、22口径ロング・ライフル弾を使う、精密射撃用のオートマティックの、ふたとおりを携行している。正確に射たなくてはいけない状況ではウッズマンを使うことにしている、という。泣かせるではないか。守衛の腹に二発、ドレイクは正確に射ち込む。バニーが運転席に入り、ドレイクが後部座席に転がり込む寸前、誰かが射った弾を、ドレイクは左腕に受ける。ふたりを乗せた車は急発進して走り去る。白昼の銀行強盗は、少なくともこの段階までは、ひとまず成功する。

 現金を強奪する場面の描写、銀行の外に出てからの射ち合い、運転を引き受けるはずだった若い男の死体を、タイアが踏み越えて走り去るときの、車体ごしに感じる妙な感触の記述など、これがハードボイルドなのだなあ、と思う読者は多いかもしれないが、こうしたことはすべて枝葉末節のことなのだ、と僕は自分に言い聞かせる。主役のドレイクは一人称による出ずっぱりだから、自分のアクションも周囲の状況も、すべて彼の一人称で語られ、進展していく。ドレイクが想起すること、考えること、オッズを計って決断すること、沸き上がる感情など、なにもかも一人称だ。ハードボイルドの基本は一人称にあるからだろう。

 銀行の前から逃走するときに使う自動車はフォードだ。現場から少し離れたところに、もう一台、車が用意してある。本格的な逃走用車、ということだろう。車種はダッジだ。フォードよりもダッジのほうが、ドレイクたちの頭のなかでは上位にある、という印象を僕は持った。ドレイクの被弾によって逃走計画は変更になる。奪った現金のなかから当座に必要な額を抜き取り、ドレイクはフォードでフィーニックスにとどまる。残りの現金とともに、バニーひとりがダッジで逃げる。どこでもいいからかなり離れた場所でモーテルに息をひそめ、週に一度、千ドルずつ、郵便書留でアール・ドレイク宛てに送ってくれ、とドレイクは言う。宛て先はアリゾナ州フィーニックスのメイン・ポスト・オフィスのジェネラル・デリヴァリーだという。一九六二年の作品だからこれでもいいのか、と僕は思うけれど、このおおっぴらにさらけ出された様子の上に、ここから先の展開のすべてが立つのだという事実は、忘れてはいけない。

 フィーニックスにとどまったドレイクは、町はずれに開業医を見つけ、拳銃で威嚇して傷の手当てをさせる。ドレイクをニュースで聞いたばかりの銀行強盗と結びつけた医者は、欲を出して下手に動き、ドレイクにあっけなく殺される。そしてそこからもドレイクは逃走し、ザ・トロピックスというモーテルに身を隠す。新聞で銀行強盗の記事を読む。盗まれた総額は十七万八千ドルだと、その記事は伝えていた。

 スティーヴン・キングが「ハードボイルドのなかでも最高にハード」と評した、アール・ドレイクのシリーズはこのようにして始まっていく。ここから先が展開に次ぐ展開であり、さらには第二作の『ワン・エンドレス・アワー』へとつながり、展開は密度と速度を高める。物語を追って僕が再話すると、それだけでこの連載の何回分にもなる。シリーズのすべてを手に入れて読んでから、ひとまとめに語るとして、ハードボイルドということについてだけ、ごく簡単に書いておこう。

 もっともわかりやすく、しかもいちばん近い比喩で言うなら、アール・ドレイクはアメリカ海兵隊員だ。徹底した訓練をへた結果、いかなる戦場の修羅場でも、的確な判断のもとに正確に動くことが本能的に可能となっている、したがって敵を倒しつつ前進していくことの出来る、優秀なマリーンだ。

002_14-283_14-img02

出典:『Free&Easy』2007年6月号


2018年2月14日 00:00