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好きな歌の集めかた

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 いつのまにかLPレコードがたくさんたまってしまった。何枚あるのか数えたことは一度もないが、とにかくたくさんある。たくさんあるだけではなく、いろんなジャンルに広くまたがっている。大きなレコード店へいくと、数多くのLPレコードがさまざまなジャンルに区分けしてあるのをよく見る。ぼくの手もとにたまったLPも、あれとそっくりおなじように区分けできると思う。レコード店で見かけるていどのジャンルなら、ぼくのところにもある。

 ぼくは、好きな歌や曲にめぐりあうのが、とても好きだ。楽譜集を買ってきて自分でピアノやギターを弾いては好きな歌を見つけることもするけれど、レコードをとおして自分の好きな歌にめぐりあう場合が、圧倒的に多いようだ。

 好きな音楽の範囲をせまく限定するのはもともとぼくの趣味にあわないし、できるだけ広い範囲で可能なかぎりたくさんの好きな歌とめぐりあいたいと思っているから、レコードは広い範囲から買うことにしている。周期的にいろんなLPをどっさり買いこんできては、やはり周期的に、そのLPを聴きまくり、さまざまな刺激をうけつつ、好きな歌や曲をさがしていく。ありとあらゆるジャンルのLPがいつのまにかたくさん手もとにたまったのは、このせいだ。

 こうした数多くのLPのなかで出会った好きな歌や好きな曲のコレクションも、すでに相当な数になった。どれもみなぼくにとっては思い出の歌や曲だ。LPを広くしかも数多く聴くことをとおして出会った好きな歌のコレクションとは別に、シングル盤のコレクションも、ある。LPの数にくらべると、このシングル盤のコレクションは数がすくない。二〇〇枚くらいではないだろうか。そして大半が、日本の歌謡曲だ。

 いまぼくがこうして書いているこのみじかい文章がそうであるように、自分にとっての思い出の歌について書くなら、LPをとおして知った好きな歌や曲よりも、シングル盤のコレクションのほうについて書きたいという気持が強い。

 LPのほうは、レコード音楽を聴こう、好きな歌をさがそう、と思って手に入れていったものなのだが、シングル盤のコレクションは、多くは家の外のどこかで、偶然の出会いによって好きになった歌ばかりであるからだ。

 街で、あるいは旅さきで、ふと耳に入ってきて、あ、いい歌だな、好きだ、と感じ、あとでレコード店へいってその歌のシングル盤を買ってきて聴きなおし、好きな歌のコレクションに加えていくという、そういうやりかたでいつのまにかたまっていった好きな歌には、どのひとつにも、思い出、つまり、その歌を最初に聴いたときの状況が、忘れがたいものとして残っている。

 そんなシングル盤のコレクションのなかから抜き出してきた一枚が、いまぼくのデスクのうえに置いてある。西川峰子という日本の歌謡曲歌手がうたってヒットした『峰子のマドロスさん』という歌がA面に入っているシングル盤だ。この『峰子のマドロスさん』をぼくがはじめて聴いて好きになったときのことについて、書いてみよう。好きになったときの状況は、そっくりそのまま、この歌に関する思い出でもあるのだから。

 聴いた場所は、静岡県の天竜てんりゅう川と浜名はまな湖とのちょうど中間あたりにある、三方ヶ原みかたがはらというところだった。東名高速道路の、三方ヶ原パーキング・エリアだ。

 もう何年まえになるだろう。正確には思い出せないが、季節は初夏だった。

 東名高速道路、あるいは中央高速、東北自動車道といった自動車道をオートバイで走るのが、ぼくは嫌いではない。嫌いではない、とへんな書き方をするのは、大好き、と言いきれるわけでもないからだ。

 数多くの自動車を効率良く走らせることだけを目的にして強引につくった自動車道には、一般の道路では体験できない雰囲気、つまりダイナミズムのようなものが、濃厚にある。それをあじわうために、ときたま、そういった道路を、オートバイで走る。

 何年かまえのそのときも、東名高速道路をそんなふうに楽しむこと以外になんの目的もなく、東京から西にむけて走っていた。

 夜の走りを、ぼくは楽しんでいた。充分に夜になってから東京を出発したし、途中のサービス・エリアでのんびりと休んだりしたから、三方ヶ原のパーキング・エリアに入ったときは、夜もかなり遅い時間だった。

 サービス・エリアには広い駐車場とレストラン、それにガス・ステーションがあるのだが、パーキング・エリアは、ほんのちょっとした小休止のための場所だ。場所の大きさも、サービス・エリアよりずっとせまい。

 夜の東名高速は、長距離輸送のトラック道路だ。いくつもの大きいタイアで路面を重く踏みつけ、蹴りたぐり、うなりをあげて夜の底を走る大型のトラックたちが、どこのパーキング・エリアでも、何台となく小休止をとっている。

 オートバイのぼくが本線から離れて三方ヶ原のパーキング・エリアに入っていくと、ここにもトレーラー・トラックが何台もつらなって駐車していた。

 パーキング・エリアのいちばん奥に入ってそこにオートバイをとめたぼくは、ヘルメットを持ち、売店のほうへ歩いていった。

 ならんで駐車している巨大なトラックの、何台目かの暗いわきをとおりかかったとき、そのトラックの運転台から、歌が聴こえてきた。カー・ラジオのスピーカーから流れてくる歌だった。

 若い女性歌手が、うたっていた。パンチのきいた、くっきりとしためりはりのある、明るく気持よく弾んだ、うたいかただった。耳に入ってきたとたんにその歌が好きになってしまったぼくは、トラックのわきに立ちどまり、最後まで聴いた。

 夜中の東名高速、三方ヶ原のパーキング・エリア。本線には、トラックの流れが轟々ごうごうと音をたててつづき、初夏のあたたかい空気にはその地鳴りのような音とディーゼルの重い排気がたちこめていた。殺ばつとした荒々しい雰囲気に満ちたパーキング・エリアには巨大なトラックが何台もつながってとまり、アイドリングさせたままのエンジン音とともに、巨大な車体のいたるところから、大きなトラックだけが持つ問答無用のようなすさまじい量感が発散されてくる。パーキング・エリアぜんたいの、そのような雰囲気を、ぼくは、トラックの運転台から聴こえてくる歌といっしょに、全身に感じつづけた。

 やがてその歌は終り、「お送りいたしました、西川峰子さんの『峰子のマドロスさん』でした」というようなことをアナウンサーは言ったので、ぼくはその歌の題名と歌手の名前を、その場で覚えることができた。そのときのパーキング・エリアの雰囲気に、なんとも言えずぴったりくる歌だった。海とはほど遠い、高速自動車道の地鳴りと排気のなかに、その歌が聴こえているあいだだけは、一瞬、また一瞬と、晴天の日の明るい港と海とが、イメージのなかに映像として走った。

『峰子のマドロスさん』が好きになったぼくは、明くる日、名古屋のレコード店で、シングル盤をさがして買った。西川峰子という歌手も同時に好きになったわけだから、すこしあとになって彼女のLPを買ってみたりもした。

 いまぼくはこのみじかい文章を書きおえるから、書きおえたら『峰子のマドロスさん』を久しぶりに聴いてみようと思う。何年かまえの、夜中のパーキング・エリアが、ぼくのまわりによみがえるにちがいない。

(底本:『ターザンが教えてくれた』角川文庫 一九八二年)

今日のリンク|今日は、69年前米コロンビア社がLPレコードを発表した日(1948年)|『峰子のマドロスさん』西川峰子


西川峰子 峰子のマドロスさん 投稿者 azukitoast

LPレコードとは?(audio-technica公式サイト|カートリッジナビ より)

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『ターザンが教えてくれた』
2017年6月21日 00:00
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