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ドナルド・ダックのほうがずっといい

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 ドナルド・ダックの鉛筆削り、というものをぼくは子供のころ持っていた。ドナルドの胸から上がかたどってあり、テーブルや台の上に固定して使うものだった。鉛筆をさしこむ穴はドナルドの上下のくちばしのあいだにあり、彼の頭のうしろについているハンドルをまわすと、鉛筆が削れた。ハンドルをまわすと、ドナルドの両目も、ぐるぐるとまわった。

 この鉛筆削りはぼくの机の片隅に固定してあり、ナイフで削るかあるいはこのドナルド・ダック・ペンシル・シャープナーで、子供のころのぼくは鉛筆を削っていた。ドナルド・ダックの鉛筆削りで鉛筆を削るたびに、ぼくは、両目はまわらなくてもいいからドナルドのあの声が聴こえてくるといいのにな、といつも思っていた。

 ドナルド・ダック電気スタンドというものもあった。しかし、ぼくは持っていなかった。友人のひとりが、持っていた。ごく普通のつくりの、しかしどちらかといえば子供むけの電気スタンドで、シェードにドナルドやミッキーの絵が印刷してあり、ランプ・ポストにドナルドがよりそってポーズしているというものだった。

 ドナルド・ダックのオレンジ・ジュース、というものもあった。これは、いまでもアメリカへいけば売っているのではないだろうか。数年前、スーパーマーケットで見かけたような気がする。普通の缶入りのオレンジ・ジュースで、オレンジのほかにグレープフルーツ、タンジェリーン、そして、グレープフルーツ・アンド・オレンジの、3種類があった。缶に巻きつけて貼ってあるレイベルに描かれたドナルド・ダックは、ウィンクしていたとぼくは思うのだが、このくらいこまかなディテールになってくると、ぼくの記憶は正確ではない。

 腕時計は、もちろんあった。いろんな種類、つまり、いろんなかたちのものがあった。いまのミッキー・マウス・ウォッチは、どれを見てもみな奥行きのない安物という感じがするが、昔のドナルド・ダック・ウォッチは、とてもいいかたちで、文字盤の目盛りのきざみと数字との調和がシックな雰囲気ふんいきだった。ぼくは、ドナルド・ダック鉛筆削りのほかに、ドナルド・ダック・ウォッチも、持っていた。とても大切にしていて、高校生のころまで机の引き出しのなかにいつもあったのだが、いまはもうない。

 子供のころに観たディズニーの漫画映画に、ぼくはきっといろんなかたちで影響を受けているはずだ。ディズニーだけではなく、ほかの製作者たちの漫画映画もたくさん観た。世のなかにこんなに面白くてゆかいなものはほかにない、と思いながら観たから、ぼくにあたえた影響はきっと大きいにちがいない。このような漫画映画のなかで、ぼくがいちばん好きだったのは、ドナルド・ダックだった。ミッキー・マウスよりも、ぼくはドナルド・ダックのほうがずっといい。

 ミッキー・マウスは、1928年に、『スティームボート・ウィリー』という漫画映画によってデビューした。はじめのころのミッキーの性格設定は、はっきりといたずら者ないしはトラブル・メーカーだったのだが、有名な人気者となって世界じゅうに知れ渡り、アメリカのシンボルのようになってからは、気持のやさしい、けっして悪いことをしない、となりのお兄さんのような安全無害な主人公にならざるをえず、実際にそうなってしまった。いつ見てもゆかいで楽しいけれど、破天荒なところはまったくなくて、どんな状況設定のなかでもミッキーがなにを喋りどう動くかは、すっかり予測することが出来た。だから、ミッキー・マウスの印象は、意外に淡い。たとえば、彼がどんな声をしていたか、ぼくは思い出せない。ごく普通の、おだやかな男性の声だったとは思うけれど、まぎれもないミッキー・マウスの声として、耳もとに思いおこすことはできない。ぼくが持っているマーシア・ブリッツによるドナルド・ダックの伝記的な百科である『ドナルド・ダック』という本によると、1940年代の終りちかくまで、ミッキー・マウスの声はウォルト・ディズニー自身が担当していたという。ぼくが聴いたミッキー・マウスの声の大部分は、ウォルト・ディズニーの声だったにちがいない。

 ドナルド・ダックの声は、忘れようとしても忘れられない。ぼくが最初にドナルド・ダックを映画館のスクリーンの上ではじめて観たのがいつだったのか。正確にはわからないが、最初にあの声を聴いたときの印象は強烈だった。ミッキー・マウスではなんとなくむこうへ突き抜けきらなかった気持が、ドナルド・ダックの登場によって、スコーン! ときれいにむこうへ抜けてしまった。声は特に象徴的だが、表情、動作、気持の動き方、気質など、すべてがミッキーとは非常に対照的で、幼いぼくはたちまちドナルド・ダックの大ファンになった。いきなり激烈なかんしゃくをおこしたり、あとさき考えずやみくもに問題に立ちむかっていくところなど、たいへんによかった。

 ドナルド・ダックがデビューしたのは、1934年の6月9日だ。1929年にスタートし、すでに大好評をとっていたディズニーの漫画映画シリーズ『シリー・シンフォニー』のなかの《かしこいめんどり》というエピソードで、ドナルド・ダックは登場した。はじめはアート・バビットとディック・ヒューアーというアニメーターがドナルドを描いていたが、のちにフレッド・スペンサーとジャック・ハナーとによって完成の域に達した。ドナルドは、はじめから、あのセーラー服とフランスの水兵さんの帽子をかぶっていた。

 ミッキー・マウスが安全無害ないいこになってしまうと、漫画映画の主人公としては自由に動かすことのできないきゅうくつさを背負いこみはじめた。このきゅうくつさに気づいたディズニーおよびディズニー・スタジオが、いい子のネズミに対する悪い子のアヒルとして発想し、生み出したのが、ドナルド・ダックだった。

 ドナルド・ダックが生まれる直接のきっかけは、ドナルドの声だった。さまざまな動物の鳴き声のイミテーターとしてヴォードヴィルで活躍した実績を持つクラレンス・ナッシュという男性が、ディズニーのスタジオに売りこみにきて動物の声を真似まねするのをディズニーが聴いたときに、ドナルドは生まれた。クラレンス・ナッシュの動物もの真似にディズニー・スタジオの人たちはさして感心しなかったが、彼が最後にやってみせた山羊やぎの鳴き声に、ディズニー自身が、「これだ!」と叫んだのだという。

 オクラホマが州になる以前にオクラホマで生まれたという田舎育ちのクラレンス・ナッシュは、子供のころからいろんな動物に囲まれて育ち、動物の鳴き声の真似が巧みになった。ディズニーが気に入った鳴き声は、クラレンスが子供のころに飼って大事にしていた山羊の鳴き声だった。ただ単に鳴き声を真似するだけではなく、その声で人間の言葉を喋らせるということもナッシュはやっていたので、山羊の声をアヒルと受けとめられてはしまったけど、このとき以来、クラレンス・ナッシュは、ディズニー・スタジオの一員として、まるでドナルド・ダックの分身のように、ドナルドの声を担当しつづけることになった。ファンタジーをファンタジーのままに保つため、ドナルドの声がクラレンス・ナッシュであるというクレジットは出なかったけれど、ナッシュはドナルド・ダックおじさんとして漫画映画のサウンド・トラック以外でも幸せに大活躍をした。ドナルド・ダックの絶唱を集めたディズニー・レコードのLPをぼくは持っている。久しぶりに、聴いてみよう。

(底本:『紙のプールで泳ぐ』新潮文庫 一九八八年)

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2017年6月9日 00:00
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