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ほろりと泣いて正解

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 もう何年かまえのことになるが、季節はちょうどいまごろだった。

 よく晴れた明るい日の夕方、ぼくは、当時ひとりで住んでいた家の玄関ポーチのデッキ・チェアにすわり、楽譜を読んでいた。アメリカの、一九三〇年代、四〇年代に流行したポピュラー・ソングの、ピアノ用の楽譜だ。

 昔のアメリカの、じつによくできた、ロマンチックで陽気なヒット・ソングの楽譜を、夏のはじまりのオレンジ色の夕陽をあびながら読んでいると、世間ばなれした甘いせつなさが自分のまわりにいつのまにか空気のカーテンのようにできあがっていくみたいで、面白かった。

 数段の階段を持った玄関のポーチは、広い庭に面していた。

 この庭の広さと、家じたいの開放的なつくりが気に入って、ぼくはその家に住んでいたのだ。

 土手のように土を盛りあげたうえに生垣がつくってあり、それが広い庭の周囲をとりかこんでいた。

 庭ぜんたいに、芝生が植えてあった。手入れをしているような、していないような、かなりあいまいな印象をあたえる芝生だった。

 いろんな樹が、庭のあちこちに、植えてあった。丈の高い樹から、低い灌木まで、種類も数もたくさんあった。一本ずつていねいに数えていくと、ぜんぶで三百本以上はあったのではないだろうか。

 広い庭のいろんなところに、その三百本以上の樹が、おおざっぱに配置してあった。

 配置のしかたがどのような方針にもとづいていたのか、ぼくは知らなかったが、庭の広さをそこなわないようにはなっていた。そして、これはよく考えてこうしたのだろうと思うけれど、一年中いつでも、なにかの花が咲いているようになっていた。

 おもての道路から玄関のポーチにむかって、庭のなかをまっすぐに、コンクリート敷きのウォークウエイがつくってあった。おもての道路から庭のなかへ、自動車でそのまんま入ってこられるようになっていた。

 自動車で入ってきて、適当なところにとめておけばそこがそのままガレージになるという、便利なウォークウエイだった。

 夕陽のオレンジ色に染まりながらポーチのデッキ・チェアにすわって楽譜を読んでいたぼくは、おもての道路に、オートバイの排気音を聞いた。

 4サイクル四気筒の、重量車の排気音だ。ぼくは、なにげなく、顔をあげた。オートバイとそのライダーが、生垣の外に見えた。

 生垣にそって正面の入口まで徐行してきたオートバイは、きれいにふわりと車体を倒しこみ、ウォークウエイに曲がりこみ、庭のなかに入ってきた。

 倒しこんだときとおなじように美しく車体を正立させると、ライダーはウォークウエイをまんなかあたりまで、走ってきた。

 コンクリートのウォークウエイのすぐわきに生えている大きな樹の下まできて、ライダーはオートバイをとめた。

 サイドスタンドを左足で蹴り出し、750CCのオートバイの重量をあずけたライダーは、左脚をまっすぐにのばしてコンクリートの路面についた。

 その脚を見たとき、はじめて、そのライダーは女性だということが、ぼくにはわかった。気泡型のシールドをつけたヘルメットをかむり、ちょうど逆光の夕陽をうしろから受けていたので、ライダーの顔は見えず、女性だということもわからなかったのだ。

 エンジンを停止させた彼女は、皮のグラヴを脱いだ。ふたつかさねて燃料タンクのうえに置き、ヘルメットをとった。

 ポーチのうえにいるぼくに微笑をむけた彼女は、右手を肩の高さまであげ、ひらひらと振ってみせた。

 ヘルメットのなかに閉じこめられていた髪を、頭を左右に振って解放し、肩に垂れたその髪を片手でうなじへ撫でつけ、空をあおいだ。

 ヒット・ソングの楽譜をポーチのフロアに置いたぼくは、デッキ・チェアから立ちあがった。

 裸足のままポーチの階段を下り、コンクリートのウォークウエイを彼女およびオートバイにむかって、歩いた。

 オートバイの前輪のわきに立ちどまったぼくに、彼女は、シートにまたがったままの体を前かがみにさせ、ステアリング・ヘッドごしに右手をさしのべてきた。

 ぼくたちは、握手をした。

「こんにちは」

 と、彼女が言った。

「よお」とか「やあ」とか、あるいは「おお」というような、簡単な返事をぼくはかえしたと思う。

 握手をおえて右手をひっこめた彼女は、燃料タンクのうえのグラヴを持ち、それに視線を落とした。そして、再び視線をあげてぼくを見て、ほんの一瞬だけ、ほろり、と泣いた。

 このときの、ほんの一瞬のほろりが、なんとも言えず素晴らしかった。樹の多い庭ぜんたいに漂っていた、よく晴れた初夏の日の夕方の香りを、彼女の頰に流れた涙の粒の香りとして、ぼくはいまでも記憶している。

 ほんの一瞬、ほろりとだけ泣くことが、そのときの彼女にとっては、これ以上に正しくはなりえないほどに正しい正解だった。

 彫りの深い、きれいに整った顔立ちの美人だった。ひきしまった表情が彼女の顔をよりいっそう美しくさせ、視線や口もとに気品をそえていた。

 右の目から涙をふた粒、左の目からはおそらくひと粒。わずかにそれだけ泣いた彼女はすぐに笑顔になり、

「免許をとったの。これが私のオートバイ」

 と、言った。

 注文してつくってもらったものだろう、鮮明ですっきりと洒落た色づかいのワンピース・ライディング・スーツに身をかためた彼女は、このうえなく美しかった。平均よりもかなり高い身長の、バランスのとれた体は、750CCの重量車によって、りりしくひきたてられていた。

 オートバイを降りた彼女といっしょに、ぼくは玄関のポーチにあがった。デッキ・チェアに彼女をすわらせ、ビールを持ってきたぼくは、とりあえず乾杯した。

 彼女には、愛する恋人がいた。

 そしてその恋人は、一年まえ、死んだ。オートバイの事故だった。ソロ・ツーリング中の、悲しい出来事だった。事故の前日、彼は自分がツーリングで走りながら見た北の海の絵葉書を、彼女に送った。絵葉書が彼女の手もとに届いたときには、彼女の恋人はもうこの世にいなかった。

 とつぜん自分のそばからいなくなった愛する人に、自分なりに納得のいく方法できちんとさようならを言うために、彼女は自分もオートバイの免許を取得することにした。彼が乗っていたのとおなじモデルのオートバイに乗ってひとりで北へいき、彼が見たのとおなじ海を見て、彼にさようならを言おう、と彼女は思ったのだ。

 オートバイにまったく不案内だった彼女を、ぼくは、乗りやすい125CCの軽量車でコーチした。うまくこなせるようになってから彼女は静岡県の実家へもどり、遠縁のお兄さんにあたる、オートバイ好きの男性のコーチで重量車について学び、免許を取得した。

 恋人がこの世にいなくなってから一年とちょっとあと、彼女は、自分のオートバイでひとり北へむかった。ぼくの家に寄って一泊したのは、北へむかうその旅の途中だった。

 北の海を見てさようならを言いながら、彼女はもう一度だけほんのすこし泣いたにちがいないと、ぼくは思っている。

(底本:片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』太田出版 一九九六年)

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2017年5月26日 00:00
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