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『江戸でシャンペイン』

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 僕がこの文章を書いているいまは、一九九五年の十二月だ。ついでに日付と時間を書いておこう。十五日の午後五時三十分だ。いまとはいったいいつなのか、はっきりさせておきたい、と僕は思う。このいまから見て、僕がもっとも最近になって書いた、オートバイの出て来るストーリーを、まず採録したい。短いものだから全文を採録しておく。書いたのは今年の夏の前ではなかったか。あるオートバイ雑誌の、臨時の増刊号に掲載されたものだ。東京をオートバイで走ることをなんらかのかたちで主題とした、一千字のストーリーを、という注文だった。そのストーリーはタイトルを『江戸でシャンペイン』といい、内容は次のとおりだ。


『江戸でシャンペイン』

 不等間隔燃焼の排気音は体に心地よい、と彼は思った。この部屋で、こうしてそのことについて思うのは、これで何度めだろうか、と彼は考えた。たったいま彼まで届いた排気音は、彼女の千二百CCのものだ。なぜだか彼女は自分のオートバイのことを、排気音で呼ぶ。気どっているわけでもなんでもなく、それが彼女にとってもっとも自然だから、彼女はその千二百CCのことをトゥエルヴ・ハンドレッドと言う。だから彼は、日本語で千二百と言っている。
 かなり急な坂道を、その千二百は上がって来た。彼がいまいる部屋のある集合住宅は、その坂の途中に建っている。集合住宅のすぐ手前まで坂を上がって来て、彼女の千二百は右へ曲がった。曲がってすぐ左側が、集合住宅の駐車場だ。坂の下から見るとそこは一階であり、建物の裏にあたる。スロープに建っている建物の正面へまわると、そこも一階だ。しかしその一階から見ると、駐車場は地下だった。
 彼女の千二百は駐車場のなかに入った。コンクリートで固めた平たい長方形のスペースのなかに、排気音がこもった。そしてすぐに、その音は聞こえなくなった。自分のためのスペースにあのオートバイを停めた彼女が、エンジンを切ってオートバイから降りるまでの動作を、彼は思い起こしてみた。特別に美しいという動作ではないが、よく身についた、なんの無理もない、ごくおだやかにひとつにつながって流れる動作だ。充分な身長のある、きれいにバランスの取れた、誰の目にも細身の彼女の体は、どんなときでももの静かな雰囲気を保っていた。静かさは性格ともつながっていた。まとまりのいい品のある顔立ちが、ぜんたいの仕上げを受け持っていた。
 駐車場の奥にある階段を上がると、建物の正面に出る。すぐ目の前に、階段がある。その階段を上がって来る彼女を想像していた彼は、やがて三階の通路に彼女の足音を聞いた。足音は部屋の前まで来た。そこで止まり、ドア・ロックが解放される音に続いて、ドアの開く気配があった。ドアが閉じた。
 彼は部屋から廊下に出た。玄関に向けて、廊下はまっすぐだった。ショート・パンツにTシャツの彼は、廊下に出たところに立ち、玄関の彼女を見た。ヘルメットとグラヴを置いた彼女は、ライディング・スーツのブルゾンのジパーをはずそうとしていた。彼を見た彼女は、静かに微笑した。なんと言えばいいものかいまでもわからないまま、
「お帰り」
 と、彼は言ってみた。
「ただいま」
 彼女のライディング・スーツはトゥー・ピースだった。ブルゾンを脱ぐと、ボトムとひとつにつながったタンク・トップのような部分が、Tシャツの上にあった。低い廊下の端にすわり、彼女はブーツを脱いだ。靴下そしてボトムもその場で脱ぎ、ショーツにTシャツ一枚の姿で、彼女は廊下に上がった。
「降られただろう」
 と、彼が言った。
「いろんなふうに降られたわ。場所によってはまったく降ってないのに、カーヴをひとつ越えるとどしゃ降りだったり。とても不思議」
「通過中の雨雲が不思議なんだよ」
「きっと、そう」
 そう答えて彼女は笑った。相手に向けて押しつけて来るもののいっさいない、きわめてさらっとした笑顔と笑い声だった。知り合った頃はそれがどこか物足りなかった彼だが、いまでは彼女のそのような感触に、たいへんな快適さを感じていた。
 腕時計をはずしながら、彼女は廊下を歩いて来た。廊下に面してドアのある洗面室の前に、彼女は立ちどまった。
「ずぶ濡れ?」
 という彼の質問に、
「そうね」
 と、彼女は答えた。
「一年に一度は、あの千二百で走りながら、ずぶ濡れになるの。今年は今夜がその日となったわ。とても気持ち良かった」
 彼女は洗面室に入った。透明なガラスの壁とドアで、洗面室は浴室と仕切られていた。彼女はこれからシャワーを浴びる。彼は廊下を奥へ歩いた。キチンへいってそのなかに入り、ビールかな、と思った。それともワインか。そうだ、シャンペインが買ってある。それにしよう。シャンペインを取り出して、彼は栓を抜いた。縦に細長い三角形のフルートにシャンペインを注ぎ、それを持って洗面室まで彼は戻った。
 ドアは開いていた。なかに入ると、浴室のなかに裸の彼女が見えた。シャワー・ヘッドの下に立ち、頭から湯を浴びていた。ドアを開いた彼は浴室に入った。手前の半分はシャワーのためのスペース、そして洗い場だった。奥に浴槽が壁と接していた。彼女をめがけて勢いよく落ちて来る湯滴の輪のすぐ外に立ち、彼は彼女にフルートを示した。笑顔で彼女は腕をのばし、それを彼から受け取り、湯から体をはずしてシャンペインを飲んだ。
 彼女の満足そうな様子に、彼はうれしかった。彼らは夫婦ではない。姉と弟ではなく、兄と妹でもない。恋人どうし、とまでは言いがたい。ふたりはここに同居している。ひとりには広いからシェアしよう、と提案したのは彼女だ。彼らは親しい同居人どうしだ。それ以上でもそれ以下でもなかった。彼女は自分の裸に関しては無頓着なところがあり、同居を始めて数日後には、さわやかな秋風の吹き込む夜、暗くした居間で完全な裸で椅子にすわり、彼とともにハーブ・ティーを飲んだ。裸の自分を彼に見られることに関して、彼女はなんの抵抗も持っていなかった。
 シャワー・ヘッドからほとばしる湯の下で、彼女はシャンペインを飲んだ。美しくバランスの取れた、充分に魅力的な彼女の細い体は、しかし彼女ひとりで完結していた。それ以上にはならないことの心地よさに、彼は感謝の気持ちすら抱くようになっていた。フルートを彼に持ってもらい、顔に湯を受けながら彼女は湯の下で一回転した。濡れた髪を両手で頭のうしろへまとめ、ふたたびフルートを受け取り、シャンペインを飲んだ。飲みほし、フルートを彼に返し、「髪を洗ってから、もう一杯」
 と、彼女は言った。
 彼はキチンに戻った。二時間ほど前、
「走りにいって来る」
 と言って、彼女はライディング・スーツを着て部屋を出ていった。千二百の排気音が、駐車場から出て坂を下っていくのを、彼は聞いた。彼女があのオートバイで東京を走るとき、走るのは高速道路だけだ。高速だけが唯一面白い、と彼女は言っている。面白いとは、自分を強くとらえる、というような意味だ。
 東京の高速道路に関して、彼女は持論をいくつか持っていた。そのうちのひとつは、高速は江戸だ、というものだ。江戸の遺産を食いつぶしながら生きて来た東京の、せっぱつまったあげくのきわめて大胆な試みが、お壕や川をつぶしたも同然の高速道路だという。江戸前といういい加減な言葉と両国の博物館にしか江戸はないが、高速道路に上がるとそこには江戸がある、と彼女は言う。
 そして首都高は必然ではなく都合の産物だ、とも彼女は言う。すでにびっしりと出来ている東京のなかの、都合のつく部分だけを縫い取るかのように、高速は奇妙な高さのところをカーヴと起伏で抜けていく。特にカーヴにはプラスのカーヴとマイナスのカーヴとがあり、そこを走るのは正と負とを出たり入ったりすることだ、と彼女は言う。彼もオートバイには乗らないわけではない。だから彼女の言うことはよくわかった。
 シャンペインを満たしたフルートを持って、彼は浴室へ戻った。頭をシャンプーの白い泡の塊にして、彼女は髪を洗っていた。洗面室の洗面台に腰をもたせかけ、透明なガラスの壁ごしに、髪を洗う彼女の濡れた裸の体を、彼は鑑賞した。


 タイトルにある江戸とは、首都高速道路のことだ。江戸の遺産であるお壕を埋め立てて道路にすることによって、現在の東京は生きている。東京が江戸の遺産を食いつぶしている例は、ほかにもいくつもあるはずだ。この高速道路を、ある日の夜中、ハーレーでひと走りして来た女性が、部屋に帰って来る。その部屋には男性がひとりいる。その彼と彼女との、三十分にも満たない場面の描写と会話で、この短いストーリーは成立している。ハーレーで首都高を走るという行為は、彼女の内部でついさっき終わったこととして、描かれている。

 このストーリーは、いちおうこれでいいだろう、と僕は思う。ハーレーで首都高を走って来た人が、女性であることは僕にとってきわめて大事だ。自主的な思考とそれにもとづくアクションの主体は、僕の小説の場合、女性であることが望ましい。男性は彼女の思考やアクションに対して、適正な方向と量のリアクションをする役だ。『江戸でシャンペイン』のなかで、彼女は思考とアクションの主体であり、彼はその彼女を正しく受けとめている。

(初出・底本:片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』太田出版 一九九六年)

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2017年5月15日 00:00
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