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評論・エッセイ

冬の寒さのなかを、ずっと遠くまで

 コーヒーの向こうから、
「もう冬ですねえ」
 と、彼が言った。
 コーヒーとは喫茶店のコーヒーだ。喫茶店のふたり用の席で僕は彼と差し向かいであり、そのテーブルにはそれぞれ一杯ずつのコーヒーがある、という意味だ。その二杯のコーヒーは届いたばかりだ。
「冬だよ」
 と、僕が言った。
 なにごとにせよ懐かしむ気持ちが僕には希薄なのだが、過ぎ去った夏はせつない。せつなさは懐かしさだと言ってもいい。あの猛暑はどこへいったのか。太陽に対する地球の傾きのなかに消え…

底本:『洋食屋から歩いて5分』東京書籍 2012年
初出:『四季の味』2011年冬号

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