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わたしの片岡義男 No.11堀部篤史「切るとせっかくのフレイヴァーが台無しになる」

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堀部篤史(ほりべ・あつし)さんは、1977年生まれ。京都の書店・誠光社店主。『本を開いて、あの頃へ』(mille books)、『街を変える小さな店 京都のはしっこ、個人店に学ぶこれからの商いのかたち。』(京阪神Lマガジン)などの著書があります。
誠光社:http://www.seikosha-books.com/
リーダビリティより大切なもの

「アメリカ各地の新聞に連載されていたチャールズ・シュルツの『ピーナッツ』は、1953年のある日、横にならんだ4コマのなかに、チャーリーとルーシーの二人がいた。コマのなかにあらわれたルーシーは、ブレッド・アンド・バターサンドイッチを作ってちょうだい、とチャーリーに言った。」

 僕の大好きな、食をめぐるエッセイ集『白いプラスティックのフォーク』の冒頭に収められた「チャーリーが作ってルーシーが食べる」という見開き2ページに収まる短文で、この書き出しだけでもこれまで幾度読み返したかわからない。文法上の間違いを正そうなどと不遜な意味合いはまったくないが、駆け出しのライターがこのような原稿を提出したとすれば編集者はこのように手直しするのではないか。

「アメリカ人漫画家、チャールズ・シュルツによる新聞連載『ピーナッツ』の、1953年のある回に、チャーリー・ブラウンとルーシー・ヴァンペルトによるこんな会話が描かれている。ルーシーはチャーリーに向かって『ブレッド・アンド・バターサンドイッチを作ってちょうだい』と言うのだ。」

 少なくともこのような表現のほうが状況は飲み込みやすいはずだ。しかし、この二つの文章の間に横たわる距離こそが片岡義男の文章を特別なものにしている。


『白いプラスティックのフォーク』表紙
『白いプラスティックのフォーク』

 この後、「ブレッド・アンド・バターサンドイッチ」というアイデアについてのささやかな賛辞をはさみつつ、ピーナッツのコマ運びにあわせてテキストは続く。「やれやれ」というおなじみのセリフをため息混じりに吐きつつチャーリーは、ルーシーのリクエストに応えんと、バターを塗ったパン(本文では「ブレッドを」と綴られる)を切ろうとする。4コマ目、つまりオチとなるルーシーの一言が、上記の文章の違いをも見事に言い表している。

「切るとせっかくのフレイヴァーが台無しになるのよ」

 そう、フレイヴァー。エッセイ中では「一般的にまだ片仮名書きの日本語にはなっていない」とされているが、物心ついた頃からヒップホップ・ミュージックを聴いて育った1970年代後半生まれの僕には「フレイヴァー」という言葉のフレイヴァーがよく分かる。リーダビリティを優先して、手直ししてしまうとせっかくのフレイヴァーが台無しになってしまうのだ。

 本書の奥付を確認すると2005年の初版刊行当時に僕はこの本を入手している。本屋に勤めながらも雑文の仕事がちらほら舞い込み始めた時期だ。この「フレイヴァー」に影響されて何度編集者に手直しをされたかわからない。おかげで僕は味気のないサンドイッチをこれまでにずいぶん作ってしまった。

誠光社|店主 堀部篤史

今回の一冊 電子版『東京青年』(1996年)

 堀部篤史さんの文章に登場する「サンドイッチ」が重要な役回りを果たす一篇として、『東京青年』を選んでみました。

『東京青年』表紙

1950年代から60年くらいの東京
激変するこの街を撮っておく

作家と同じヨシオ、という名前を持つ若者
彼が学生時代に接触する年上の女性たち
彼女らに学び、自分の中に核を作ろうとする
写真は過去の連続の中に現在があることを教えてくれる

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2018年3月27日 00:00

わたしの片岡義男

毎週火曜日更新。作家、ライター、編集者……さまざまな立場から片岡作品への思いを語っていただきました。読んだことのある作品でも違った面が見えてくるかもしれません。