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わたしの片岡義男 No.7佐久間文子「わたしの記憶は白いTシャツ」

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佐久間文子(さくま・あやこ)さんは、ライター。著書に『「文藝」戦後文学史』(河出書房新社)があります。
ディテールに心を奪われる

 初めて読んだ片岡義男作品は『幸せは白いTシャツ』である。

 タイトルを忘れていたのに、ディテールは鮮明に覚えていた。オートバイで日本中を旅してまわる女主人公のかたわらにいつもある、ダッフル・バッグとサドル・バッグ。オーガナイザー・ウオレットとコイン・パース。ビニール袋に入った三枚組の白いTシャツ。

 オートバイにまたがる三好礼子さんの写真が掲載された女性誌の連載で読んだ記憶がある。そのころの雑誌のバックナンバーをめくっても記事を探しあてることはできなかったが、覚えていたディテールから、その作品が1983年に角川文庫から出た『幸せは白いTシャツ』だとわかった。

 読んだとき、たぶんわたしは高校生だったと思う。主人公の仁美は二十歳の設定なので、いま思えばそれほど年は離れていないのだが、当時はずいぶん大人の女性に感じられた。自分とはぜんぜん違う。そう思いながら、行動的で物静かな女主人公に魅了された。彼女が旅先で出会った人とかわすやりとりも、さりげなく、好ましかった。

 ダッフル・バッグとはなんなのか、三枚組のパックTシャツはどこで売っているのか、なにも知らずに読んでいたけど、後になって実物を目にしたとき、「あれは、これか」と即座に思い出すほど記憶に残った。的確に文脈の中に埋め込まれ、そのものを知らずとも、飾りのないそれらが、最低限の身の回りのものだけ持って、二年がかりの一人旅を続ける若い女性にとても似つかわしいものであることはよくわかった。

 若いときには、その一冊しか読んでいない。ちょうど、「バブル」と呼ばれた時代に入っていくころで、角川映画とともに大宣伝されていた片岡作品からなんとなく遠ざかっていたい気持ちがあったのだと思う。熱心に読むようになったのは2000年以降で、『日本語の外へ』などの評論やエッセイを入口に、小説も読みはじめた。ディテールに淫するような、それでいて突き放して写生するところもある、ものの正確な描き方にとくにひかれる。

 初めて読んだ文庫本あとがきのインタビューで、パックTシャツは「Hanes」ではなく「フルート・オブ・ザ・ルーム」がふさわしい、と片岡義男は語っている。オートバイにも乗れず、飾りのないTシャツが似合う大人にもならなかった私だが、彼女のような旅に出たい気持ちはむしろいまのほうがつよい。

ライター 佐久間文子

今回の一冊 電子版『幸せは白いTシャツ』(1983年)

 今回、故大谷勲氏撮影の文庫版に掲載された写真の一部と、当時の写真から新たに選択した、あわせて約40枚を、モデルとなった三好礼子さんからお借りし、追加・掲載した改訂版をお届けします!

『幸せは白いTシャツ』表紙

美しい彼女の20歳の夏
一人オートバイに乗り日本中を旅する

旅のあいだに両親は離婚し、戻る家はない
行く先のあてもないが、2年は帰らない
彼女の手もとには、現在だけがある
それだけで、彼女は「幸せ」である

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2018年2月27日 00:00

わたしの片岡義男

不定期更新。作家、ライター、編集者……さまざまな立場から片岡作品への思いを語っていただきました。読んだことのある作品でも違った面が見えてくるかもしれません。