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制作舞台裏|『万年筆インク紙』──“書くこと”の根幹へ

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 2016年11月11日、晶文社より『万年筆インク紙』が発売されました。作家・片岡義男が道具から「書く」という仕事の根幹について考えた書き下ろしエッセイです。
 制作の舞台裏をうかがう特集・第6弾では、本書の編集者・斉藤典貴さんに本作出版に至るまでの出来事を綴っていただきました。
40年後の担当者

 片岡義男さんとはじめて出会ったのは1975年8月、14歳の夏だった。出会った、といっても片岡さんご本人にではなく、片岡作品に、という意味だ。

 あの頃はまだエアコンがきいている場所といえば、図書館とデパートと銀行くらい。その日も夏休みの宿題を手に涼を求めて図書館へ出かけた。

 しばらくおとなしく宿題をして、ちょっと休憩、と書架へ降りた。棚を眺めていると、同じところに配架されている2冊の本が目に入った。1冊は『10セントの意識革命』、もう1冊は『ぼくは散歩と雑学がすき』。これが片岡義男さんと植草甚一さんとの出会いだった。

 どちらもタイトルが気になって手にとった本だったが、その2冊には偶然にも同じ動物の「犀」のマークと「晶文社」という社名が刷られていた。そして2冊の本を借りて読み、私は単純にも、将来、学校を出たらこの出版社に入ろう、と心に決めた。

 けっきょくそれから15年して私は晶文社に入ったわけだが、片岡さんの本を出版しているということは、当然、担当編集者がいるということだ。それからさらに長い年月をへて、私をこの仕事に導いてくれた人(片岡さんご自身はまったく知らないことだが)の本を出版することができた。

“書くこと”の根幹に迫る

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装丁:寄藤文平・鈴木千佳子

 この『万年筆インク紙』誕生の経緯は、片岡さんの本を出したい、という意思を伝え、2014年3月24日に経堂のタリーズで会うところから始まる。そのとき私は3つのアイディアを提示した。そのうちの1つにライフスタイルやモノに関するエッセイというものがあった。あまりに意気込んで説明する私を片岡さんは制するように「あなたの言いたいことはだいたいわかりました。ライフスタイルに関するエッセイに興味はあります。しばらく考えてみます」とおっしゃった。

 その後もときどきお目にかかっては、食事をしたり、コーヒーを飲んだりするなか、昨年の夏、突然、「晶文社で出すモノについてのエッセイが決まりました」と連絡があった。「自分をとりまくモノは無限にあるので、書くことに関するモノに限定してみようと思う。これは書き下ろします」と。

 書くことは、片岡さんの仕事の根幹に属すること。エッセイのスタイルをとるが、現実のモノをとおして、作家が文や字を書くという行為に思いを巡らした哲学書のような1冊になるに違いない、と興奮した。

「この話はひとかたまりなんです」

 今年の春先から定期的に原稿をいただき、順調に出版の準備は整っていった。書名は企画の段階から出版の直前まで『万年筆、インク、そして紙』というものだった。だから営業が書店さんに向けて出す近刊案内のチラシにも『万年筆、インク、そして紙』となっている。

 またこの本は、当初6つのパートに分かれていた。そしてそれぞれに章扉と見出しもつけられていた。

 しかし、著者校正を終えた初校ゲラが戻ってくると、そこには「章で分けるのはやめましょう。この話はひとかたまりなんです。タイトルもちょっと普通すぎるから『万年筆インク紙』にしましょう」と指示があった。

 あわてて片岡さんに電話をして、「最初から最後まで、章扉も見出しも改ページもなしでは、読者は読みづらいのではないでしょうか? 『万年筆インク紙』というタイトルも分かりづらくはないですか?」と説得を試みるも、「そうでしょうか。僕はそうは思わないな。一度やってみましょう」と強い意志を感じさせる答えが返ってきた。

 それから大慌てで装丁をお願いした寄藤文平さんと鈴木千佳子さんに章扉やハシラをとるなど、本文デザインの変更をお願いして、再校ゲラを出し、タイトルの変更を伝え、カバーのラフを作り直してもらった。

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新しいカバーラフ

 そして、冒頭からラストまでひとかたまりとなった再校ゲラを読んでみて驚いた。6つのパートのうち、ここが章の区切りとわかるところが、1箇所しかなかったのだ。原稿、初校とあれだけ読んでいたにもかかわらずだ。そのとき片岡さんが言った「この話はひとかたまりなんです」の意味がはじめてわかった(読者の皆さんも、もともとはどこで分かれていたのか、想像しながら読んでみてください)

「ふふふ」の万年筆

 最後にエピソードを1つ。

 原稿のやりとりをしているさなか、ある日電話で「斉藤さんは、万年筆を使いますか?」と訊かれた。「ええ、頻繁にではないですが使います」と答えると、「では今度会うときに1本進呈します」と。

 7月11日、指定されたレストランへ出かけると、本書にもたびたび登場する「敏腕ロード・マネージャー」と「なにごとにも立会人となる女性」が同席していた。そこで私は片岡さんから万年筆をいただいた(本書の251ページから252ページにかけて書かれているものです)

 「ありがとうございます。大事にします」と頭を下げると、「でもね、人からもらった万年筆はすぐになくしますよ。ふふふ」と片岡さんは意味ありげに笑った。

 それから間もなく、片岡さんから新しい原稿が送られてきた。目をとおしていると「人からもらった万年筆」というくだりを見つけた。

 「こっ、これは!」

 そのとき、ようやく片岡さんの「ふふふ」の意味を悟った。どこにいたずらが仕掛けられているかわからないから、ほんとうに片岡さんには要注意だと、あらためて思い知ったしだいだ。(思わせぶりな言い方ですみません。この顛末は本書155ページから156ページでご確認ください。)

晶文社|編集部 斉藤典貴

11月11日刊行! 『万年筆インク紙』

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自分の思考が文字となって紙の上に形をなす。
頭の中にうかんだ小説のアイディアをメモするための万年筆、
自分の思考をもっとも良く引き出してくれるインクの色、そして相性のいいノートブックとは──。
作家・片岡義男が道具から「書く」という仕事の根幹について考えた
刺激的な書き下ろしエッセイ。


晶文社|ISBN:978-4-7949-6939-2 C0095|定価:本体1800円+税|四六判変型|288頁

斉藤典貴さん、おすすめの一冊

http://amzn.to/2fzT7Wk

 

『給料日』(1980年)
日本語で書かれたハードボイルド小説の
最高峰だと思います。
初めて読んだときの衝撃が忘れられません。

 

イベント・アーカイヴ|対談|斉藤典貴&北條一浩(本サイト編集人)片岡義男は誰にも似ていない

“誰にも似ていない”片岡義男作品の魅力を語りあう東京国際ブックフェア・電子出版EXPO2015での公開対談。初期作品の復刊経緯や雑誌『ワンダーランド』創刊前後の出来事など、晶文社をめぐるエピソードも。

デジタルの光で観る|『なにを買ったの? 文房具』

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新刊刊行に合わせて、サポータ用の写真アーカイヴ「片岡フォト」から『なにを買ったの? 文房具』を一般公開中! 写真を選んでクリックすると一枚ごとにご覧になれます。

タグで読む01▼|文房具

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片岡作品の代表的なキーワードを選んで作品をご紹介する企画、第1回は「文房具」です。エッセイや小説の末尾にキーワードがこんなふうに並んでいますが、

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これを“タグ”といいます。このタグをクリックすると、キーワードに関連した作品をまとめて読むことができます。まだ作品の少ない言葉も多いのですが、ある程度まとまってきたものを中心にご紹介してゆきます。

制作舞台裏|言葉はこうして本になる|vol.1〜vol.5

stories01|寒い日は、炬燵と蜜柑と片岡義男。|『この冬の私はあの蜜柑だ』


stories02 |「私小説」の背後で、レコードは1分間に45回転の速度で回る|『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』


stories03 |再会は、ひとつの言葉だ。|連作小説集『と、彼女は言った』


stories04 |“あの頃”の続きの物語を届けたい|短編集『ジャックはここで飲んでいる』


stories05 |鮮やかな作家の企み|短編集『豆大福と珈琲』


『万年筆インク紙』
2016年11月11日 00:00