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制作舞台裏|エッセイ集『珈琲が呼ぶ』――やはり、コーヒーが似合う作家

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 2018年1月17日、光文社より『珈琲が呼ぶ』が発売されました。カラー写真がふんだんに盛り込まれた、コーヒーが主役の書き下ろしエッセイ集です。
 制作の舞台裏をうかがう特集・第7弾では、本書の編集者・篠原恒木(しのはら・つねき)さんに企画のはじまりから校了までの出来事を綴っていただきました。[全3回・連日掲載]

全3回| 123

きっかけは目の前に置かれたコーヒー

「片岡さんはアイスコーヒーを飲まないんですか?」
「飲んだことないよ」
「嘘だぁ」
「本当だよ。だいいち間抜けじゃないか、アイスコーヒーなんて。口に出せないよ。Iced coffeeなら、まだわかるけどさ」
「いつもいつもコーヒーですよね」
「そうだね、思えば」
 思えばこんな他愛のない雑談が、この本の始まりだったような気がします。
 次のような馬鹿話もしました。
「なぜヒトは喫茶店で“コーヒーでいいや”と言うのでしょう。僕はいつも思うのです。“で”というのは何なんだ、本当に飲みたいものを飲めばいいじゃないか、と。“コーヒー”を“おまえ”に変えたら気分悪いですよ。“おまえでいい”はないでしょう。“おまえがいい”と言ってほしいです」
「その“で問題”は奥が深いかもな」
 そう呟くと、片岡さんはメモ帳にペンを走らせました。

◆片岡さんにとっての「東京」、神保町の路地裏で一緒に飲んだコーヒー

 片岡義男さんの小説にコーヒーは欠くことのできない存在だと思います。コーヒーが登場する場面になると、必ずコーヒーが飲みたくなります。でも、そのコーヒーについてまとまったエッセイ本が無いのです。そもそもコーヒーそのものについて書かれたエッセイも、そんなには多くないという事実が意外でした。
「コーヒーで一冊作りましょう」
「コーヒーそのものについて、僕はあまり書くことがないよ」
「でも、おいしいコーヒーをたくさん知ってるじゃありませんか。片岡さんが勧めてくれたコーヒーはどれもとびきりおいしいですよ」
と言いながら、確かに思いました。お気に入りのコーヒー、喫茶店について蘊蓄を傾けるのは、片岡さんらしくないよなぁ、と。
「コーヒーを媒介にして、いろんな物語を書く。でも結果的には、そのコーヒーが物語の主題になっている。そんな本はどうでしょうか」

尽きることのないコーヒーのネタ

 こうして書き下ろしが始まりました。コーヒーが登場する音楽、映画について調べたりするのは、僕にはとても楽しい作業でした。
「インスタントコーヒーについても書いてください」
「コンビニの100円コーヒーのことも書いてください」
「コーヒーを飲むのにいちばん適していると思うカップについて書いてください」
「黒澤明の映画でコーヒーが出てくる作品が何本かあります。DVDを送ります」
「ボブ・ディランとコーヒーも、ぜひ」
「ビートルズはイギリスだから紅茶なのかな。でも、なんとかコーヒーと繋げてください」
「あの『パルプ・フィクション』はかなりの珈琲映画だと思いませんか?」
 思えば、無茶振りを次々としました。ひどい話です。
 でも、そこは片岡義男さん。僕の浅い知識など到底及ばないコーヒーの物語が次から次へと届きました。「五時間で四十杯のコーヒーを飲んだ私」という歌があるとは知らなかったし、引退したジョー・ディマジオが「ミスター・コーヒー」と呼ばれていた時期があったことも知りませんでした。楽しい本になる予感は強くなるばかり、というやつです。
 ある日、いつものタリーズで片岡さんと会いました。片岡さんが僕に訊きます。
「あの人たちは何をしているの?」
 見ると、参考書とノートを狭いテーブルに広げて、何かを書いている若い人たちがいました。
「勉強ですよ」
「ははぁ」
「勉強中です。一心不乱に」
「そういえば、僕も昔は喫茶店が仕事場だったよ。あんまり粘るのも悪いから、何枚か書いてコーヒーが冷めると、次の喫茶店に移動したなぁ。ハシゴだよ。二軒、多くて三軒で原稿が完成して、そこの喫茶店の公衆電話から編集者に電話するんだ。できました、って」
「あ、その話もぜひ書いてください」
「そうだ、京都へ行こうよ」
「CMのフレーズみたいですね。いいですよ。目的は?」
「行ってみたい喫茶店があるんだ」
「そのためだけに、京都へ」
「正確に言うと、その喫茶店の椅子に座ってみたいんだ」
「酔狂ですね」
「酔狂だからいいんだよ」
「全面的に賛成です」
 それから何度、夢のように楽しい京都日帰り旅行を繰り返したことか。名所名跡には一切目もくれず、ひたすら喫茶店巡り。ときどき古書店、錦市場、おでん、焼き芋。この話も『珈琲が呼ぶ』には克明に書かれています。

◆めでたく京都「静香」の椅子に座ることもできました

第2回へつづく
・やはり、どうしても、ぜひ、また、写真を入れたい
・片岡さんがノッてきた!
・しょうこりもなく、手作りカンプを
1月17日刊行! 『珈琲が呼ぶ』

珈琲が呼ぶザ・ビートルズ四人のサイン。
珈琲が呼ぶボブ・ディラン。珈琲が呼ぶ玉子サンド。
珈琲が呼ぶ京都・姉小路通。珈琲が呼ぶトム・ウェイツ……。
コーヒーが呼ぶ意外な人物、映画、音楽、コミックス、場所が織りなす物語の数々。
全45篇の書き下ろしエッセイ集。

【単行本】光文社|定価:本体1800円+税|352頁
【電子版】ボイジャー|648円(税込)

制作舞台裏|vol.1〜vol.6

stories01|寒い日は、炬燵と蜜柑と片岡義男。|『この冬の私はあの蜜柑だ』


stories02 |「私小説」の背後で、レコードは1分間に45回転の速度で回る|『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』


stories03 |再会は、ひとつの言葉だ。|連作小説集『と、彼女は言った』


stories04 |“あの頃”の続きの物語を届けたい|短編集『ジャックはここで飲んでいる』


stories05 |鮮やかな作家の企み|短編集『豆大福と珈琲』


stories06 |書くこと”の根幹へ|『万年筆インク紙』


2018年1月21日 00:01