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書評エッセイ『ペーパーバックで出てるかい』より3作品を公開

書評エッセイ『ペーパーバックで出てるかい』(『ミステリマガジン』早川書房/1976〜77年掲載)を本日公開しました。英米のミステリ作品を中心としたペーパーバックについて書かれたエッセイです。

ぼくはニューヨークはあまり好きではない。たいへんな町だということはよくわかるけれど、あまり想像力を刺激してこない。アリゾナとかニューメキシコなどのほうが、想像力への刺激は、はるかに大きい。しかし、アメリカのペーパーバック・ミステリーで、アリゾナのようなところが舞台になることは、あまりないようだ。そんな中で、アリゾナ州のステート・トルーパーを主人公としたブライアン・ガーフィールドの『ザ・スリーパーソンズ・ハント』を、裏表紙に印刷された宣伝文句にだまされ、かなり以前に手に入れて読んだ。日本語で700枚近い長さの作品だが、冒頭部分で、雨嵐の去った後、フォードのステーション・ワゴンがぬかるみのなかに「ななめに」(英語だと、クロスワイズ)停まっていた、とガーフィールドは書いている。「クロスワイズ」のひと言など、省こうと思えば、あっさり省けてしまうが、これが、とてもうれしい。たったのひと言が、こんなふうにきわ立った例は、珍しい。

(『ミステリマガジン』早川書房/1976年9月号掲載)

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イギリスのミステリー作家、アン・ホールデンの『目撃者たち』は、「今年のナンバー・ワンのショッキングな作品」「すさまじいサスペンス小説」といった宣伝文句も効いており、裏表紙には新聞の書評記事からとった、内容を讃える短い文章が効果的にならべてある。ペーパーバックは、新刊の棚でぱっと見て、ぱっと買うのが、魅力のひとつだ。面白そうだなあ、よし、買おう、と思って買ってきて読んだら、まるっきりつまらなかった。この小説『目撃者たち』が、商業的な可能性を持った作品として刊行しうるのであれば、小説のつもりで書かれたほかの一切の作品もまた、同じく刊行されなければおかしい。それほどまでに、この小説は、楽しくなかった。文章はイギリス英語で、これにぼくがうまくなじめないという事実はどうでもいいとして、では、どうでもよくないのはなにかというと、まず、作品全体の枠組に対する著者アン・ホールデンの展望だ。

(『ミステリマガジン』早川書房/1977年1月号掲載)

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『思いのたけを歌いなさい、カントリー・ボーイ』という分厚いペーパーバックは、300曲以上にのぼる有名なカントリー・アンド・ウエスタン・ソングの歌詞がジャンル別におさめてあり、その歌がつくられるにいたった動機やきっかけなどが、作者ないしは作者に非常に近い関係者からの直接の談話というかたちで説明されている。この本をぼくはいまとても面白く読んでいる。著者のドロシー・ホルスマンによると、カントリー・アンド・ウエスタンは長い間ジャーナリズムの世界から冷たい扱いをうけてきたという。アメリカが持っているひとつのユニークな文化として正当な評価を少しずつでも受けはじめたのは、一九六〇年代のロック音楽の広がりの中で、アメリカン・ミュージックの根原をひとつずつ洗いなおそうという動きが出てきてからだった。ぼく自身、カントリー・ソングをそれほどよく理解しているわけではない。ひとつだけわかっているのは、カントリー・ソングの作者たちの誰もが、曲をつくり出すためのもっとも核になるクリエイティヴなきっかけのようなものを、ある決定的な瞬間、日常生活を満たしている虚空の中から、なにかをバネにしてつかみ取っているという事実だ。

(『ミステリマガジン』早川書房/1977年5月号掲載)

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2023年8月22日 00:00 | 電子化計画

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