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焼き餃子とタンメンの発見

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 焼き餃子とタンメンは、東京・大田区の町工場地帯が発祥の地だと、ごく最近、人から聞いた。その人は戦後の大田区に生まれ、そこで育った人だ。地元の戦後史はよく知っているし、趣味で研究もしている。彼がそう言うからには、彼なりの確かな根拠があるのだろう。少なくとも僕にとっては、やはりそうだったかと、たいへんすんなりと納得の出来る説だ。したがって、焼き餃子とタンメンは戦後の大田区の町工場地帯で生まれたものである、という彼の説を僕は信じているし、いま書いているこの文章は、その上に立っている。

 戦後の復興とそれに続いた高度経済成長という、明日を信じて額に汗して働いた日本を東京で担ったのは、大田区に密集していたさまざまな町工場群の、創意工夫という開発力と、そこから現実に製品を作り出した生産力だった。この工場地帯で働いた十代から三十代くらいまでの、もっとも盛んに食べる年齢の工場勤労者およびにその周辺の労働者たちの食事の定番として、いつどこからともなく自然発生した料理の代表が、焼き餃子とタンメンだったという。

 どちらも一般的な認識としては、いまでも中華料理だろう。中国へいけばどこにでもあるものだ、とかつては僕も思っていた。焼き餃子は大連のものだと聞いたことがあるが、大連にそのような料理はないという説も、どこかで聞いたか読んだと記憶してもいる。餃子そのものは中国のものだ。前もって大量に作っておき、昼食や夕食の若い客の注文に応じて、大きなフライパンで次々に焼いては、白いご飯とともに供するというスタイルは、大田区の工場地帯のものなのだ。

 小皿に醬油と酢と辣油を入れてかき混ぜ、嚙みちぎった餃子の一端をひたしては口に入れ、白いご飯をかき込んでいっしょに嚙むという餃子ライスは、まさに若い肉体労働者の食事ではないか。タンメンはいまあまり見ない。ごく標準的なラーメンから具をすべて取り除き、そのかわりにキャベツのラード炒めを、盛り上げたように載せたもの、と思えばいい。このタンメンは餃子ライスを補完する位置にあるのではないか。いつも餃子ライスではさすがに飽きるから、たまにはタンメンというわけだ。餃子にタンメンという組み合わせも、もちろんごく日常的なものだ。

 焼き餃子とタンメンを僕が初めて体験したのは、大学二年生の後半になってからのことだった。食事は自宅でするもの、というしつけを幼い頃から受けてきた僕にとって、外食は全般的に言って日常のきまりから逸脱したことであり、ちょっとお腹が空いたから蕎麦屋に入るというようなことは、ほんの少しだけ誇張して言うなら、異常事態だった。だから大学生になっても、僕は外食になじめなかった。学校の周囲には食事の店がさまざまに数多くあり、友人たちがきわめて気楽にそんな店に入っては食べるのを、僕は奇異なものとして受けとめていた。友人たちの多くは地方から出て来た人たちであり、下宿やアパートでひとり暮らしをしていた。だから外食は、彼らにとっては、それなしでは生活することの出来ない、基本的な条件だったのだが。

 講義が朝からでも午後からでも、僕は食事を自宅で食べていた。午後の三時過ぎには講義は終わるから、かなり寄り道をしても、夕食の時間には自宅に帰っていることが出来た。そんな僕でも、二年生の後半にもなると、少しずつ外食するようになった。蕎麦、ラーメン、寿司、トンカツ、カレーライス、メンチカツ、牡蠣フライなど、いろんなものを食べたが、発見したと言っていいほどに好んだのは、焼き餃子とタンメンだった。

 大学生だった自分は、なぜ焼き餃子とタンメンを発見したのか。けっして味や食感だけで好んだのではない。もっとなにか深い理由があるはずだ、という謎を僕は長いあいだ自分の内部に持ち続けた。焼き餃子とタンメンは大田区の町工場地帯で、若い労働者たちの必要に応えて生まれたものだ、という説を知った瞬間、その謎はあっさりと解けた。

 東京の私立大学の文科系という、無風地帯の典型のただなかで、先送りモラトリアムのはしりの日々を送っていた僕ではあったけれど、百年もさかのぼればルーツは労働者そのものであり、したがってモラトリアムが明ければただひたすらなる労働の日々を引き受けるほかないという、宿命的に労働者である自分が、潜在的労働者としてまず最初に見つけたのが、腹にかき込む飯としての、焼き餃子とタンメンだった。

 モラトリアムが明ければ、そこには労働が待っている。労働とは生きていく苦労のほとんどすべてのことであり、そのような苦労はたいていの場合は仕事というかたちをとる。焼き餃子とタンメンを発見した頃から四十年ほどが経過しているが、それだけの時間のなかで僕がおこなってきたのは、労働以外のなにものでもない。そして僕はそれが好きだ。焼き餃子とタンメンが好きなのと、まったくおなじように。

初出:月刊「遊歩人」2004年12月号 文源庫
底本:『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』NHK出版 2005年


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2020年5月26日 07:00
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