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ウェスト・エンドの都市伝説

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 神保町の古書店で僕がアメリカのペイパーバックスを古書で買ったのは、ごくおおざっぱに言って、一九六〇年代の十年間だ。

 渋谷から10番、須田町行きの都電に乗ると、やがて神保町に西から入ることは、中学生の頃から知っていた。大学生になってからは、早稲田から都電に乗ると乗り換えなしで神保町へいけることを、ビリヤードの壁に貼ってあった都電の路線図で知った。そのすぐあとから神保町を根拠地のようにして、フリーランスのライターとしての仕事を僕はするようになり、新宿から中央線で御茶ノ水へ出て、そこで降りて喫茶店をはしごし、そのあとで神保町に向けて坂を下ると、ライターとしての多忙さがいっきに身を包んでくるのだった。

 その忙しさのなかで僕はペイパーバックスを古書店で買った。ペイパーバックスを古書で買うことの出来る古書店の西の端を、ウェスト・エンドと呼んでいた。靖国通りの南側の、神田神保町一丁目という区域のなかだ。イースト・エンドもあった。おなじ靖国通りの南側に面した、神田小川町二丁目の区域のなかにあった店だ。イースト・エンドとウェスト・エンドとのあいだは、ゆっくり歩いても十二、三分の距離であり、その東西の二拠点のあいだに、ペイパーバックスを買うことの出来る古書店が何軒かあった。

 この東西のちょうどまんなかあたりに、レオ・マカラズヤという屋号の鞄の店があった。ここで僕はしばしば鞄を買った。古書店で買ったペイパーバックスを入れるためだ。時代はまだ手下げの紙袋より以前だった。十数冊のペイパーバックスを買うと、持ちやすいようにと、店主は紐をかけてくれた。番台のそばにある、ありあわせの紐で、ときにはそれをつなぎ合わせて、十文字に紐をかけてくれ、指をかけやすいようにループさえ作ってくれるのだった。

 十文字に紐をかけた中古のペイパーバックスを下げて神保町を右往左往するのは、それはそれで風情に近いものがあったが、不便と言うなら確かにそうでもあった。紐は切れることがあった。はずれもした。東西の両端で十数冊ずつのペイパーバックスを買うと、下げて歩く紐かけペイパーバックスのかたまりは、ふたつになった。

 ひとつの鞄に入れてしまうなら、その鞄だけを手に下げていればいいのだから、なにかと便利であるはずだ、と思いついたある日、僕はちょうどレオ・マカラズヤの前を歩いていた。僕はその店に入り、手に下げ胸に抱いていたペイパーバックスを店主に見せ、これらの本を入れる鞄が欲しいのです、と伝えた。

 ペイパーバックスに一瞥をくれた店主は、長方形の柔らかい皮革の鞄を選んでくれた。ショルダー・ストラップのついた長方形の黒い鞄だった。革の鞄を肩に下げたのは、このときが最初だった。鞄を購入した僕は、店先でペイパーバックスを鞄に入れた。きれいに全冊が収まり、なおかつ十数冊分の余裕があった。その余裕はイースト・エンドで埋まった。

 東西の二店で、そしてそのあいだの何軒かで、古書のペイパーバックスを買った僕は、靖国通りを離れて路地に入り、あるいはすずらん通りに出てさらに路地をいき、喫茶店に入ってコーヒーを飲みながら、買ったばかりのペイパーバックスを一冊ずつ鞄から取り出して、表紙その他を吟味するのが、ほぼルーティーンになっていた。こうしてペイパーバックスを吟味しながら、じつは、夕方までに書かなくてはいけない原稿を、どのように書けばもっともいいか、ということについて考えてもいた。

 ウェスト・エンドの古書店は、ペイパーバックスを古書で常に何冊も購入することの出来る店として、知られていた。ここに通っていた人たちが何人もいた。ここで買ったペイパーバックスがなんらかのかたちで仕事に役立った人たち、という知的な存在が何人もいて、僕もそこに加えるなら、その僕は年齢的にちょうどまんなかあたりか、そこから少しだけ下だった。

 店はまんなかに棚があり、したがって店への入口はその棚の両側に、ひとつずつあった。神保町のまんなかあたりからこの店を目ざして歩いていくと、ほとんどの人は、店に向かって東側、つまり自分が歩いて来た方向に近い入口から、この店に入った。入るとすぐ右側の、高く立つ棚の前の平台に、古書のペイパーバックスが、いくつもの柱に積み上げてあった。この柱を、右端から順番に、一冊ずつ見ていくと、最後の柱の最後の一冊にいたるまでに、三十分は経過した。その三十分のなかで、まだ持っていないペイパーバックスを二十冊も見つけるのは、ウェスト・エンドにおけるハピネスというものだった。

 六十年も前の東京に、このようなハピネスがあったことは、都市伝説としてしか説明がつかない。主としてアメリカの人たちが東京で読み捨てたペイパーバックスが、けっして少なくはない数で、古書店の商品として流通していた事実をいまとらえるには、都市伝説がもっとも都合がいい。アメリカの影響下にあった日本を象徴する出来事のひとつと言ってもいい。東京におけるペイパーバックスの古書という都市伝説だ。

 ウェスト・エンドの店に東側から入ると、入ったその人のすぐ左側の棚の、ちょうど視点がとまるあたりにも、ペイパーバックスはならんでいた。棚の前の平台に柱となって積み上げられたペイパーバックスではなく、棚のなかに何冊もひとまとめに収められたペイパーバックスだ。それらのペイパーバックスは、通俗娯楽読み物とは一線を画しているもの、として店主に判断され、それゆえに、平台に積み重ねた柱ではなく、良い位置にある棚のなかにならべられたのだ。

 ならべられるにあたっては、店主が日本語で題名を書き添えていた。新聞といっしょに配達されて来るチラシ広告の、裏になにも印刷されていない白い部分を、帯の幅に切っては一冊ごとにペイパーバックに巻いていき、その一冊ごとに、店主が帯の背中に黒いサインペンで、日本語題名を書き入れていた。この日本語題名は、半世紀を軽く越える昔から東京にあった、古書としてのアメリカのペイパーバックスという都市伝説から、もっとも鋭く突出した、伝説のなかの伝説ではないか、と僕はかねてより思っている。その思いはいまも変わらない。

 何人かの人たちがこの日本語題名について書いて来た。書いて来た、とは言ってもその期間はゆうに二十年にまたがる。二十年のあいだにそのような文章を五とおりは読んだ。四年に一度は、いろんな人たちのエッセイのネタになったことになる。たいしたものだ、と言っておこう。つい最近も、なにかの雑誌で、この古書店のペイパーバックスの、店主による日本語題名についてのエッセイを、僕は読んだ。

 都市伝説としてもっとも広く知られているのは、つまり何人もの書き手によって繰り返し書かれたのは、イアン・フレミングの”Doctor No”という、ジェイムズ・ボンドを主人公にしたスパイ小説の、翻訳題名だ。『医者は必要ない』あるいは『医者は要らない』となっていた、とするものが広く流布しているようだが、この日本語題名には、そのエッセイを書いた人たちそれぞれの言語の、どちらかと言えば知的な使用の習性がおのずからあらわれている。僕がその書店の棚で実際に見て記憶しているのは、もっと端的な、『医者はダメ』というものだった。”Doctor No”が『医者はダメ』とはこれいかに、とも言うべき出来ばえであり、このように素晴らしいからこそ、それは都市伝説として命脈を保つことが出来るのだ。

『良い地球』『海は進物』『年寄りと海』『喫煙路』『十月の田舎』などをも、僕は記憶している。読書人たちにもっとも知られた日本語題名を順に書いておくと、『大地』『海からの贈物』『老人と海』『タバコ・ロード』『オクトーバー・カントリー』となる。もっとあったのだが、思い出せない。SFでなにかがあった。誰もが大喜びするような、傑作と言うべき日本語題名が。レイ・ブラッドベリーの”Fahrenheit 451″には『本の燃える熱』とあった。店主は常連客のひとりに内容を訊いたのだ、と僕は思った。客から聞いたとおりを、店主は手製の帯にサインペンで書いたのだ。

 ジョン・スタインベックの”East of Eden”に巻かれたチラシ帯の背中に手書きされていた日本語題名は、『東のエデン』だった。Ofは「の」だと割り切った上で、語順のとおりに日本語にしていくと、『東のエデン』となる。『エデンの東』こそ間違いで、正しいのは『東のエデン』ではないのか、などと思ってしまう。このペイパーバックを僕は購入した。このとき初めて見た初期の版であり、それ以後、一度もおなじものを見かけていない。冒頭だけ読んでみたが、カリフォルニアやサリーナスの土地についてその歴史や地質など、ここまで書かなければその先に展開される人間の物語にはならないのだ、という書きかたであり、圧倒された。

『囚人ゼンダ』も記憶している。正しくは『ゼンダ城の虜』といい、著者はアンソニー・ホープ、そして原題は”The Prisoner of Zenda”だ。PrisonerとZendaを同格ないしは同一人物と見なすことにより、ofがあっけなく消滅すると、『囚人ゼンダ』としか言いようがないではないか。先に挙げた『十月の田舎』からの派生として、ナット・ヘントフの『ジャズ・カントリー』は、『ジャズの田舎』ともなり得るのか。

 戦後すぐから一九七〇年代の後半くらいまで、東京のいたるところにあった古書店の店頭に、アメリカのペイパーバックスが古書として常に置いてあったのは、それらを買い集めていた僕にとって、長いあいだ、解くことの出来そうにないミステリーだった。なぜこんなところにも、ペイパーバックスが何冊もあるのだろうか、と不思議に思いながら、僕はそれらのペイパーバックスを買っていた。解くことの出来ないミステリーとは、都市伝説だ。

 ミステリーの一部分はごく簡単に解けた。世田谷の古書店にあったペイパーバックスは、そのほとんどが、ワシントンハイツから塵として捨てられたものだった。その塵のなかから、『医者はダメ』や『東のエデン』『良い地球』『十月の田舎』さらには『囚人ゼンダ』などが生まれたのであり、これらの日本語題名はいまでもまだ、都市伝説であり続けている。これからもそのことに変わりはない。

この作品は書き下ろしです。


チョイス ペイパーバック 古書店 書き下ろし 東京 神保町
2020年3月31日 07:00
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