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僕はわき見をしていたい

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 僕は小学生のときは1学年につき2か月ほどしか学校へいっていない。中学生の頃は、学校へいった日数は、3年間の合計で百日あるかないかだ。高等学校になると、だいたい1日おきに登校していた。

 学校ではないさまざまな場所に、学校以上に面白いこと、楽しいこと、興味深いことが、たくさん僕を待ちうけていた。それらのところへ寄り道をして遊んでいると、学校へいくための時間はほとんどなかった。

 たまに学校へいき、おとなしく教室のなかで授業を受けているときも、僕はわき見を専門にする生徒だった。外の見える窓側の席にすわり、授業のあいだずっと、僕は窓から外を見ていた。窓から外を見るのは、ほんとうに楽しかった。窓から外を見ることなく、じっとまっすぐ前に視線をむけているのは、僕にとってはたいへんにつらいことだった。

 教壇の先生には、窓の外を見ている生徒はじつによく目立つ。僕はわき見によっていつも目立っていた。だから先生によく叱られた。「おまえはいつも窓の外を見ている。いったい何度注意すれば、態度をあらためるのか」と、どの先生も僕を叱った。

 僕は、しかし、窓の外を見ることをやめなかった。窓ごしに、僕はわき見ばかりしていた。わき見は、僕にとっては、きわめて切実で大事なことだった。わき見をしない僕は、僕ではなかった。

 授業がおこなわれている教室のなかでは、生徒たちは誰もが先生に目をむけ、先生が教えることを受けとめていた。教科書にしたがって先生が次々に教えていく、という一方通行のまま、先生もそして生徒たちも、ひたすらまっすぐ前方にむけて、直進していこうとしていた。

 僕はこういうかたちの直進に耐えることの出来ないタイプの子供だった。直進もたまにはいいけれど、いつもそればかりだと僕は困る。いったん教室へ入れば、そこには直進しかないのだということはよくわかっていたから、僕はじつに真面目に、自分に忠実に、その直進を避けた。

 小学生の頃からこんなふうにはっきりとした自覚があったわけではない。いま思いかえして抽象化するなら、直進という一般的な傾向に対して、僕はわき見や寄り道をことのほか好んだ、ということだ。

 以上のような話を、先日、僕はひとりの高校生に語った。その高校生は、「先生たちはどんなふうに叱ったのですか」と僕にきいた。ただ叱っただけであり、それ以上でもそれ以下でもなかった、と僕は答えた。本当にそうだったからだ。「いまの高校だと、ほかの全員がまえをむいているのだから、おまえもまえをむくべきだ、それが嫌なら学校をやめろ、と言われますよ」と彼は言っていた。

 まえをむくのが嫌なら学校をやめろなどと言う先生は、幸いにも僕たちの頃にはいなかった。いまの高等学校で高校生としてやっていく自信が、僕にはまったくない。

底本:『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年


1991年 『アール・グレイから始まる日』 学校 少年時代 高校生
2016年1月10日 06:20
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