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ノートブックに書きなさい、とツバメが言う

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 僕はツバメノートも愛用している。百四十八ミリに二百十ミリの二百ページ、三百八十九円というタイプだ。他にもいろんな種類があることは知っていたが、この本のためにあちこちの文房具店で点検を重ねたところ、うれしい発見がいくつかあった。愛用しているのとおなじサイズに六十ページという薄いのがある。薄さが僕をしきりに誘う。短編をひとつ創るためのアイディアとそのまとめに、これを一冊使うとすっきりして良さそうだ。三冊持って小旅行に出て、一冊にひとつずつ短編のアイディアをまとめあげて帰って来る、というようなことをしてみたい。

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 さらに発見したのは、ふたまわりほど小さいサイズのものだ。これにも薄いのと厚いのと、ふたとおりがある。これも僕をそそのかしやまない。そしてもうひとつの発見は、この二種類をさらに小さくしたもので、型番はN6002とN6003だ。N6003はN6002の倍のページ数を持つ。このふたつは僕の言うところのスモール・ノートブックとして素晴らしい。手帳というものは僕には存在しないが、スモール・ノートブックを持ち歩くとしたら、これしかないだろう。六ミリ幅の淡い灰色の横罫は、無視してもいいしある程度まではしたがってもいい。ページの面積はA6という手帳サイズだが、その自由度は大きい。上にこのふたとおりの小さなノートブックの写真がある。

 こうしてツバメノートをさまざまに点検している途中、僕の頭のなかにひとつの景色が閃いた。閃きのままにそれを写真に撮ったものが、次の見開きページにある。日本で生まれた人たちが日本の人として日本で受ける教育を、シンボリックに一点の写真に撮るとこうなる、と僕は思う。右側にある二十色のサクラクレパスは、初等教育のぜんたいを、ここでは情操の方向からとらえて、象徴している。まんなかにあるクラシックなパッケージのトンボ鉛筆は、ノートに文字を書くこと、つまりお勉強というもののいっぽうの端からもういっぽうの端までを、象徴的に体現している、そして左側にあるツバメノートは、高等教育のぜんたいを象徴している。初等教育から高等教育まで、そのぜんたいが、わずか三点の文房具を被写体に用いるだけで、一点の写真に象徴的に撮ることのできる日本という国は、たいそう珍しい国なのではないか、といま僕は多少の感慨を楽しんでいる。

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 高等教育は僕の場合は大学だと思うが、ノートブックは一冊も持たないままに卒業した。自慢にもなんにもならないが、日本の現実ではこういうことも可能だった。鉛筆は小学生の頃、それを削るのが好きだった。そしてクレヨンないしはクレパスは、おなじく小学生の頃、図画の時間に友だちになにかの色を貸すと、授業の終わる頃、半分ほどの短さとなって戻ってくるのが常だった。指先ほどになった青い色のクレパスで、空を青い色に塗ったっけ。

底本:『なにを買ったの? 文房具。』東京書籍 2009年

今日のリンク:ツバメノート株式会社表紙のデザインは、1947年から変わっていないそうです。


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2016年4月27日 05:30
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