アイキャッチ画像

宇宙の時間と空間のなかへ

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 人は時間と空間のなかに生きている。ここで僕が使う、時間という言葉も空間という言葉も、ごく普通の意味での、時間および空間だ。空間は、主としていつもの自分の場所だ。自宅や自分の部屋、勤め先、仕事場、いつもいく店、好きな旅行先など、要するに平凡な日常生活を構成する雑多な出来事の連続する現場だ。

 この現場には、時間が流れている。時計で計ることの出来る、誰にとってもおなじ二十四時間の、一本の線だったりスケジュール帳のます目だったりする、例のあの時間だ。この時間が、日常生活を構成する雑多な出来事を、ひとつに縫って連ねている。このような時間の基本的な機能は、仕事とそうではない個人的なひとときとを中心にした、日常の雑事をこなしていく順番や段取りだ。

 以上のような時間と空間のなかで、人は人や物をさまざまなかたちで相手にしながら、生きている。日常の連続、つまり人生で、人々の頭のなかはいつもいっぱいだ。そのような人生が、生きることのすべてだと、人々は思いこんでいる。

 人生は厳しい、などと言う人がいる。人生はひとつまちがえば大変なことになるそうだ。人生の奥は深い、幅も広い、と言われた人たちは、どの人もその人なりに、人生に対して真剣になろうとする。ますます人生で頭がいっぱいになる。視野は狭くなるいっぽうだ。

 都市的に生きている現代の人たちのすべてが、以上のような生きかたをしている。きわめて小さく限定された場所で、商品という物に囲まれ、人間関係の網の目にからめ取られ、時計が刻む時間に自分の人生を必死になって重ねようとしている。

 都市的に生きるとは、ありとあらゆる領域で、間接性を喜んで引き受けることだ。間接性のいきつく先は、疑似性だ。都市的な生きかたは、すべてが疑似的なものとなる生きかただ。一見したところ、生きているように見えたり思えたりする生きかた、それが疑似的な生きかただ。

 こういう疑似的な生きかたがたまたまうまくいっているとき、自分は人としての生をまっとうしているのだと、人は思い込む。人としての生をまっとうしているなど、とんでもない。都市的な生活がうまくいっているとは、張りめぐらされたありとあらゆる疑似性のなかに、浮遊的に適応していることでしかない。そしてその適応は、本来なら大変に敏感でなければならない部分を、もはや存在しないと言っていいほど鈍感にすることによって、可能となる。

 都市的な生きかたのなかに生まれてそのなかだけで育つと、前方に向けてのシミュレーションがなされていないと安心して生きていけないという、少なくとも文化的にはもはや人間とは呼べないような人たちが出現してくる。ここでこれをこうしたなら、その結果としてなにがどうなるのか、あらかじめ答えが出ていないかぎり、彼らはなにも出来ない。疑似的な生きかたの、これはひとつの頂点ではないだろうか。

 シミュレーションやマニュアルの象徴としての、スケジュール帳や腕時計に支配された時空間を生きる人たちは、考えることや学ぶこと、感じとることなどを、最初から放棄している。真の意味での関係など思いもつかないから、それはそのような人たちにとっては、最初から存在していないものとなってそれっきりだ。

 都市的に生きる日常という人生は、これほどまでに馬鹿げたものでしかない。人生はそもそもちょっとした冗談のようなものだ、という言いかたないしはとらえかたを、僕は信じる。いい冗談なら、心地良く楽しく、笑うことが出来る。そしてその笑いのなかに、なんらかの意味や価値を見ることが出来る。人生という陳腐なものの、その陳腐さそのものをすらシミュレートしないと生きていくことが出来ない人というものは、笑えない冗談だ。そしてそのような笑えない冗談に、圧倒的多数の人たちが、腕時計の針の動きに乗った刻一刻、まさに憂き身をやつしている。

 時間と空間は最初からあった。ここで僕が言う最初とは、宇宙が誕生したとき、という意味での最初を意味している。時間と空間は、なぜだか僕にはわからないが、最初からそこにあり、空間は膨張することによって物質となった。物質とは、たとえば地球だ。

 太陽からの、絶妙としか言いようのない距離に生まれた地球は、熱く溶けて煮えたぎる自らが噴出させる煙を、他の天体の重力によって奪われ失うという運命から、逃れることが出来た。煙は地球を取り囲み、雲となり、その雲は地球に雨を降らした。途方もない時間にわたって、途方もない量の雨が降り、その水は地球にたまって海となった。海という膨大な量の水の膜が、地球をなかばくるんだ。

 いまから三十八億年ほどまえ、海と岩石の陸、そしてきわめて原始的な生物が、地球の上にほぼ同時に生まれた。太陽からの距離が絶妙だったおかげで、海は出来るはじから蒸発したりせず、海のままで存在する幸運を許された。

 地球を取り巻く大気のなかの二酸化炭素が、海のなかに溶け込んでいく歴史が始まった。二酸化炭素は海のなかに溶けて岩石となり、地球を取り巻く大気の量は、太陽からの距離が絶妙であったのとおなじく、絶妙な量となって落ち着いた。

 地球に出来たもっとも古い岩石は、いまから三十八億年前のものだ。そのもっとも古い化石のなかに、もっとも古い生物、たとえば藻のような植物が化石という地球の記憶として、存在している。

 藻は光合成をおこない、大気のなかに満ちていた二酸化炭素を、酸素に変えていった。大気中の酸素が一定の量を超えると、醱酵ではなく呼吸によってエネルギーを獲得する生物が、地球に生まれた。いまから五億年、六億年前という、つい昨日のことだ。

 酸素はさらに増えていき、いまから四億年ほど前には、地表から手をのばせば届きそうな高さのところに、オゾン層が出来た。このオゾン層によって太陽からの有害な紫外線はさえぎられることとなり、海のなかの生物は陸へ上がることが可能になった。

 地球という球体の窪地にたまった水、それが海だ。しかしその水の量は、さきほどとおなじ言葉を使うほかないが、途方もない量だ。そしてそれは地球の表面でひとつにつながっている。地球と海との関係を、ごく単純に表現しようと思うとき、どんなふうに言えばいいのだろう。

 海は地球を取り巻いているのか。海は地球をなかばくるんでいるのか。ひとつにつながった、巨大でしかも精緻さをきわめた生命体である海を支えている容器が、この地球だ。地球の歴史を太古から知っている海は、この地球に関するありとあらゆることを体験し、記憶し、現在に伝えている。海は、ひとつの巨大で精緻な生命としての、地球にとっての神経伝達経路だ。

 海から陸へ上がった生物は、さまざまに分化した。人間もそのうちのひとつだ。生まれたばかりの頃の人間は、木の実を拾って食べ、小さな動物を捕ってそれも食べていた。生きかたとしては、動物となんら変わらなかった。一万年ほど前、彼らは農耕と牧畜を開始した。自分にとって都合のいい人工の世界を作り、そのなかで生きていくという人間の基本的なスタイルが、そこからスタートしていった。

 人間の生活にとっての一万年という時間の、いちばんこちら側の現在にあるのが、人間に特有の人工的な世界というものの到達点だ。ここからさらに五十年ほども経過すると、地球上の人間の人口は現在の倍を超える。そしてその頃には、その膨大な数の人間の八十パーセントほどが都市に生きる人となると予測されている。

 都市化とは、あらゆるものが均質化していくことと同義だ。そして均質化とは、おそるべき質の低下、つまり人間の衰退と、残念ながら同義だ。もはや決定的な主流として、マニュアルとシミュレーションだけが生きる道であるような人たちは、衰退がもはや決定的となった事実を身を以って示してくれている、マイナスの意味での新しい種類の人たちだ。

 人間の衰退が決定的となったいまでも、地球は銀河系のなかのこの位置に、ぽかっと浮いている。地球そのものは、いまも宇宙の時間と空間のなかにある。せっかく地球の上にいながら、人工の人生にあまりにもかまけ過ぎている人間たちは、宇宙の誕生以来の時間と空間というものの存在を、忘れている。そんなものがあるとも思っていない。忘れていることに気づきもしない。興味も関心も持ってはいない。そんなものに関心を持っても、自分にとってなんの得にもならないと、彼らは思っている。

 スケジュール帳と腕時計が作る陳腐な人生の時間と空間に、かたときも離れることなく覆いかぶさり接している、宇宙の時間と空間のなかに身を置きたくなったら、海にいけばいい。

 地球上でもっとも不思議な物質は、いまさら僕が言うまでもなく水であることはまちがいない。水というこの不思議きわまりない物質が、これほどまでに大量に、しかもひとつにつながって存在し、地球にとっては生命とおなじ情報伝達の経路となっている事実は、何度確認しても飽きることはない。地球が地球らしくなったときから、海は存在している。海はすべてのことを記憶し、現在に伝えてくれている。

 たとえば、いまから三十八億年前、海のなかに最初の生物が出来たときのことを、海はいまも記憶している。地球を取り巻く大気のなかに漂っていた小さな小さな有機分子のひとつが、あるときふと海面に接し、海水のなかに溶けたその瞬間というすさまじくスリリングな時間が、海の時間のなかに記憶されている。海へいくなら、その記憶に直接触れることが出来る。

 子供の頃、夏の晴れた暑い日、海で遊ぶ。ほどよい大きさの湾の奥に、海岸がある。その海岸の片方の端は、岩場だ。岩場の少し沖に、子供が泳いでいってよじ登り、体を休めつつ肌を焼き、ふたたび海に飛び込むための飛び込み台として機能するのにぴったりの岩が、海面から突き出ている。

 その岩の縁から、子供の僕は海へ飛び込む。海水のなかへ体はもぐり込む。そして海面へ浮かんでいく。海面に顔を出し、顔の上を海水が流れ落ちていくのを感じながら、僕は空を仰ぐ。

 青く晴れた底なしの空が、視界いっぱいに広がっている。夏の太陽の光が、強く明るく暑く、その空から海の上ぜんたいに、降り注いでいる。その光を、濡れている僕の顔も受けとめる。

 銀河系のなかに浮かんでいる地球。太陽からの距離。地球を覆う海という生き物としての水のぜんたい。そういったことすべてについて、そしてそれらのものといまの自分との関係について、子供の僕は、一瞬の啓示のような直感のなかで、全身に感じ取る。

 おなじ日、夕食を終わってから寝るまでの間の時間に、僕は昼間に遊んだ海とおなじ場所へいってみる。海岸から海に入り、沖に黒く見えている岩まで、僕は泳いでいく。岩に片手でつかまって立ち泳ぎしながら、僕は海岸のほうを見る。海岸に沿った小さな町の夜の光景が、遠い不思議な場所のように僕の目に映じる。

 僕は沖の海に目を向ける。夜の空の下に横たわって、海は確実に息をしている。その巨大な息づかいや鼓動のなかにくるみ込まれるようにして、僕は岩のすぐそばで、ぶくぶくと海に自分を沈めていく。僕は海のなかへ戻る。宇宙の時間と空間のなかへ、僕は帰っていく。

 地球という容器に支えられ、ひとつにつながって生きている生命体の海に、大気から小さな有機分子がひとつ、最初に溶けた瞬間を僕は自分でも体験する。宇宙の時間と空間のなかへは、じつはこれほどまでにたやすく、いまでも人は入っていくことが出来る。

 どのようなプロセスも、それぞれに有効だと僕は思う。波乗りは、そのなかでももっとも確実なプロセスのひとつだ。腕時計とスケジュール帳の世界のなかを、波に乗る人は、サーフボードをたずさえて海へ向かう。陳腐な人生の時空間と、宇宙の誕生からずっと続いている時空間との、ごくわかりやすい接点としての海へ、その人は来る。

 サーフボードの上に腹ばいとなり、その人はパドリングで沖へ出ていく。宇宙の時間と空間のなかへ、その人は超微小距離だけ、入っていく。そしてそれで充分だ、それ以上は必要ない。

 ひょっとしたら南極の嵐によって生まれたものかもしれないうねりをつかまえ、その人はサーフボードに立ち上がりつつ、そのうねりの頂点へかかえ上げられる。波乗りの波として立ち上がりきった、水分子の運動エネルギーの頂上で、その人はサーフボードの上に立ち、波の内側のスロープに向けて、滑り降りようとする。

 波の頂上で、サーフボードとともに向こう側からこちら側へ、海の水の運動エネルギーの外側をなぞろうとするその人は、その瞬間、宇宙の時空間そのものとなっている。

(初出「スタジオ・ボイス」1994年、7月号、特集「RIDE ON」、底本:片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』1995年)

今日の一編

『8フィートの週末』
8フィート
片岡義男の小説に登場するサーファーは、波乗りしかしていない男たちだ。

関連エッセイ

8月24日 |昔のハワイという時空間への小さな入り口


8月1日|今日は海岸で雲を見る


6月29日|丘の上の愚者は、頭のなかの目でなにを見たのだったか


6月21日|大陸のエネルギーと大海原のエネルギー


3月20日|自分とはなにか


3月17日|ロードライダー


11月16日 |ロングボードの宇宙


1994年 1995年 「スタジオ・ボイス」 サーフィン 地球 宇宙 時間 片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』 空間 自然
2016年8月27日 05:30
サポータ募集中