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「四角い食事」とは、なにか

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 スクエア・ミールという英語の言葉を日本語に直訳すると、四角い食事、ともなるだろう。一般に市販されている普通の煙草ではない、マリファナ煙草のようなものを総称して、スクエア・ミールと呼んでいた時代があった。いまでもその意味でつうじるかどうか。もっと一般的に広く普及した意味としては、量と質のどちらにおいても、一回分の食事としてしっかり食べたという満足感を得ることの出来るような食事、という意味がある。

 アメリカの軍隊で兵士たちの携行野戦食として、あるいは戦闘に出てはいなくても訓練先などの野外で食べる食事として、第二次大戦中に大量に生産され消費されたレーションが、当時のパッケージされた形状に内容の充実した様子を重ね合わせて、スクエア・ミールと呼ばれた時期もあった。スクエア・ミールという言葉が、この意味で用いられることは、もうないだろう。

 戦後、六歳、七歳、八歳、といった年齢の僕は、主としてアメリカ陸軍のレーションを、おやつのようにしばしば食べた。おやつのようにとは、玩具ないしは遊び道具として、というような意味だ。戦後のアメリカにあふれたパッケージ食品のすべてが、僕にとっては玩具あるいは遊び道具となったことの原点を探すと、それはU・S・アーミー・フィールド・レーションにあるようだ。

 たとえばディナー・ユニットだと、四コースから五コースに匹敵する一回分の食事が、長方形や真四角などのスクエアに、きわめて要領良く科学的に、パッケージされていた。平均的なサイズのものだと、横幅が十センチほどで縦が八センチ、そして厚みが三センチほどだった。一回の食事を構成する部分品とも言うべきものが、この大きさに隙間なくきっちりと組み合わされ、ワックス・ペーパーによって相当に堅牢に包装されていた。濃いカーキー色のワックス・ペーパーだ。防水や防塵であることはもちろん、各種のガス類にも侵されることのないワックス・ペーパーである、ということだった。背中に生えた翼で天空を駆ける赤い馬の標識で知られたモービルガスの、ソコーニ・ヴァキュアム・オイル・カンパニーが、このワックス・ペーパーを軍需用に開発した。

 ビスケットのパッケージ。グレアム・ビスケットのパッケージ。ポーク・ランチョン・ミートの缶詰。濃縮ブイヨンの入ったチューブ。これはカップの湯に溶かせば熱いスープとなった。チューインガム。ブドウ糖の錠剤のパッケージ。これらのそれぞれ独立したパッケージを、よく考えられた寄せ木細工さながらに、隙間なくきっちりと組み合わせたワン・ユニットが、ワックス・ペーパーで包装してあった。

 Cレーションの次によく見かけたのはKレーションだった。デザートのレーションというものもあった。遊び道具ないしは玩具としては、これがもっとも楽しかった。食べておいしいから楽しいのではなく、それぞれ独立してパッケージされたいろんなデザートが、いったん包装を開いてなかのものをばらばらにしたなら、子供がいくら頭をひねっても、絶対にもとどおりにはならないという、三次元パズルとして楽しかった。ライス・プディングの丸い小さな缶話をいまでも記憶している。長い米をミルクと砂糖で煮たものだ。人工的な味や香りはなく、米やミルクの本来の味がほどよく残っていた。丸い缶だが正方形のボール箱に入っていたから、これは立体パズルの要となる部品として機能していた。

 砂漠のレーション。山岳地帯に展開した兵士たちのための、マウンテン・レーション。南太平洋の島々の密林で戦う兵士たちのための、ジャングル・レーション。それからファイヴ・イン・ワン・レーションというのもあった。これは五人の兵士が一日に食べるものを、ひと箱にパックしたものだ。外見は単純な木箱なのだが、内部にある食品は完全防水にパックされていた。港湾施設のない島が戦場になることはしばしばであり、物資を陸揚げする水陸両用の車輛が使えない状況では、このファイヴ・イン・ワンのレーションは、積んで島の近くまで来た船から、海流を正確に読んで海上に投下された。海流に乗って島へ流れ着いたのを、島にいる兵士たちが陸に揚げるのだ。木箱の側面には5–1–とステンシルされていて、いちばんおしまいには三日月の図形があった。三日月は食料を意味して国際的に使用されていた記号だ。

 戦争の遂行にとって、必要なだけの食料の調達と加工、そして供給の手段など、すべては想像を絶する大問題だ。アメリカの食料業界のすべてが、すさまじいまでの量と質において、戦争遂行を支える努力を重ねた。「食料は自由のために戦う」という合言葉のもとに、戦場に出ている兵士たちの必要にかなうよう、食料の加工や保存、調理の技術が、戦前のそれとは比較にならないほど、革命的に、開発され革新された。加工食料は軽くなり、嵩が減り、奇跡的なほどに保存が効くようになり、いつでもどこでもすぐに食べられるようになり、新鮮なおいしさを失わないよう、加工と調理の技術が飛躍的に高まり、なおかつ、ホーム・クッキングの味や感触をも、レーションにすら、再現させることに成功した。食料にかかわるこうした技術のすべてが、戦後の豊かなアメリカにとっての、重要な側面を形成した。食べやすくなりしかも美味となった簡便な食料を、アメリカの人たちは食べ過ぎるようになり、そこから現在の肥満とそれに起因する疾病の帝国へと、一直線の登り坂を上がっていくことにもなった。

 糧食を含めてすべての資材や物資の補給を、陸軍のクオーターマスター部隊が受け持った。直接的に、あるいは間接的に、彼らが戦中戦後のアメリカ人たちのものの食べかたにあたえた影響は、はかり知れない。戦前のアメリカでは、食べ物に関する正確な栄養知識は、一般庶民にはいきわたってはいなかった。庶民の食生活は偏っていたり間違っていたり、そして非常にしばしば、きわめて貧しいものであったりした。食習慣にも深刻な問題が多かった。これらすべてを根底から改革しようとしたのが、戦争を遂行した軍隊と、それを支えた無数の民間企業の努力だった。

 兵士たちは健康な体で強靭な体力を発揮しなくてはいけない。そのために必要なのは、内容の正しく充実した食事だ。地球上のいかなる場所へも、そしてどのような手段を使ってでも、そのような食事を兵士たちに届けるための工夫と努力の蓄積が、もっとも具体的にあらわれていたのが、レーションだったと僕は思う。戦争に勝利するという最大の目的のもとに、食料の加工と調理の技術がひとまず頂点をきわめ、可能なかぎり美味で満足のいく食事を兵士たちにさせたいという純粋な熱意がぜんたいを支えたのだから、確かにあの時代のレーションは美味だったと言っていい。

底本:『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』NHK出版 2005年


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2020年5月12日 07:00
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