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音楽ではないレコードにきざんである溝に、アメリカの心意気をいまでも見つけることができる。

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 アメリカのレコード店には、音楽ではないレコードの一角が、かなり大きくとってある。朗読のレコード、ドラマ、セリフ入りのレコード、ラジオ番組の復刻、コメディ、子供のためのストーリー・タイムふうの童話やお話のレコードなどが、じつにたくさんある。これが大いに楽しい。

 古いラジオ番組の復刻レコードは、アメリカが好きな人にとっては、必聴だ。昔からあるものをじっとそのまま大事に愛していく気風が強く残っているアメリカでは、1920年代から40年代にかけてのラジオ黄金時代の有名番組が、数多くレコードに復刻されている。ほとんどの場合、LPの両面を使って、実際にオン・エアされたままを、へたなエディティングなどなしに、そっくりそのまま、コマーシャルこみで、一回分、ぜんぶ収録してある。音声が人の心のなかにひきおこすイマジネーションをとおして、当時の、そして現在につながるアメリカの本当の心意気みたいなものを知りたければ、こういったラジオ番組の復刻レコードをじっくり聴くにかぎる。

 コネチカット州にあるザ・レディオーラ・カンパニーは、ウェスタン・シリーズとか、コメディ・シリーズとかいろんなシリーズをつくり、古いラジオ番組の復刻レコードを数多く出している。

 1945年5月8日、連合軍がヨーロッパ戦線で勝利をおさめたヴィクトリー・オーヴァ・ユーロップの日にアメリカで放送された『ロイ・ロジャーズ・ショー』。レディオーラのウェスタン・シリーズのナンバー・ワンにはB面にこれが入っていて、A面は1952年4月26日にCBS系でオン・エアされた『ガンスモーク』が一回分、そっくりおさまっている。

『ロイ・ロジャーズ・ショー』のほうは、まだ日本とは戦争してたころだから、「さあ、残る敵はジャップですが、みんなで力を合わせてこいつをやっつけましょう」というようなアナウンスが途中で入ったりする。『ガンスモーク』はFENをとおして日本でも聴けた。ウィリアム・コンラッドがUSマーシャルのマット・ディロンにふんする。オープニングのテーマ音楽は、これぞまさにアメリカだ。いまの国歌をやめて、これを国歌にしたっていいくらいだ。

 レディオーラのコメディ・シリーズも楽しい。そしてよく笑える。ジャック・ベニー。フレッド・アレン。エドガー・バーゲン。ボブ・ホープ。レッド・スケルトン。エディ・キャンター。 W・C・フィールズ。さっぱりなじみのない名前かもしれないが、アメリカのアメリカらしさのじつは中核を形成している人たちだ。こういう人たちのコメディに腹をかかえて笑った体験なしにアメリカを語っても、なんだかむなしい。

 フィルコという電気製品会社がスポンサーになっていた『フィルコ・レディオ・タイム』がレディオーラのLPで聴ける。1947年1月29日、ABC系のオン・エア分だ。主演はボブ・ホープとビング・クロスビー。ゲスト女優はドロシー・ラムーア、題目は《ハリウッドへの道》。観客のいるスタジオ・ステージからの中継放送だ。ボブとビングのふたりがハリウッドめざして旅をする珍道中コメディで、聴いているとLPの片面いっぱい笑いっぱなし。こういったユーモアの心意気みたいなものは、言葉ではなかなか説明できない。

 ウェスタンやコメディのほかに、冒険ドラマやシリアスなドラマ、それに音楽番組など、たくさんの番組が復刻されている。

 カリフォルニアにあるジョージ・ギャラビーディアン・プロダクションも、昔のラジオ番組の復刻を出している。ぼくがいちばんうれしかったのは、ヘレン・オコンネルという美人歌手の、オリジナル・レディオ・ブロードキャストのLPだ。

 アイビー・リーグ出身の、現在は60歳に手が届こうという年齢のアメリカのビジネスマンたちは、大学生のころ、全員が、このヘレン・オコンネルにいかれていた。アメリカの恋人、と称される美人歌手が何人もいるが、ヘレンはそのなかでも最高だ。歌がうまくて美人というだけではなく、明るくシャープな才気とはじけるようなウィット、そして大人の女の魅力とで、TVのトークショーでもながいあいだ人気があった。こういう女性が日本にはいないということが、日本とアメリカのちがいのひとつなのだ。

 おなじくジョージ・ギャラビーディアン・プロダクションの『ポパイ』が楽しい。ハンバーガーがなによりの好物で、ハンバーガーのためなら仕事以外だったらなんでもするという、ウィンピーの声を聴いてみたくはないだろうか。

 アメリカのラジオは、アメリカが世界最強国にむかって発展していく時代に登場したもので、あの広い大陸をはじめてひとつにまとめあげ、コースト・トゥ・コーストをただ単なる言葉ではなく現実にしていった最重要なメディアだった。圧倒的多数のアメリカ人が居間のラジオで聴くジョークに笑い、音楽に酔った。ラジオはものすごい人気を獲得し、番組にはスポンサーがたくさんついた。

 このスポンサーたちのマニー・マーケットのなかで、厳しい競争をくりかえし、きたえられて成長したのが、コメディや音楽など、アメリカのエンタテインメントの土台の部分なのだ。だから、ラジオを抜きにして、アメリカは語れない。

 朗読のレコードにも、芸術的なできばえのものがたくさんある。ニューヨークのスポークン・アーツ社から出ているO・ヘンリーのレコードなんか、ぜひ聴いてほしい。A面が『最後の一葉』、B面は『賢者の贈物』。ともにO・ヘンリーの代表作で、ナレーターは俳優のロバート・ライアン。素晴らしい朗読だ。普通にぼんやりしてたら、このような最高のアメリカ英語に接するチャンスは一生に一度もないはずで、もしそれが現実だったら悲しいことだ。

 ケードモンというレコード会社は、一流の文学作品を音にする専門の会社だ。レコードの数は多い。『マザー・グース」や『子熊のプーさん』など、ほんとうの英語、しかも音声で肉体的に身についた英語とはどういうものか、教えてくれる。

 詩が好きな人には、ロッド・マッケンの甘い詩のレコードがいい。『空』『海』『大地』といったベストセラー・レコードは、アニタ・カーの音楽とロッドの詩で構成されていて、ロッドが自ら語り、うたっている。『夏』『冬』『春』『秋』などのシリーズもあり、アメリカでは売れつづけている。

 子供むきのものをたくさん出しているのは、ゴールデン・レコードという会社だ。少年や少女たちが成長の過程でかならず通過する、たとえば冒険物語など、レコードの音声だけを頼りにイマジネーションを広げる行為こそ、本当の意味の勉強であるような気がする。ジャック・ロンドンの『野性の呼び声』なんか、いいにちがいない。カリフォルニアに生まれて育った、体重140ポンドのセントバーナード、バックがユーコンで犬ぞりをひく犬たちの仲間入りをする。野性の本能を呼びおこされたバックが、そこで大活躍する物語だ。

 音声とイマジネーションの関係では、SFもいい。子供むけから本格的なやつまで、ずらっとそろっている。『火星年代記』なんか聴いているとしびれる。しびれると言えばさきほどのロッド・マッケンだが、女の子がベッドにもぐりこんでヘッドフォーンで聴くと全身にしびれが走り、男のコが好きな男のコが聴くと、もっと激しくしびれるそうだ。

 そしていまぼくがもっとも熱心に聴いているのは、グルーチョ・マルクスの二枚組のレコード『グルーチョとの夕べ』だ。ジャケットにそえられた文章のなかで、ウディ・アレンはグルーチョをストラヴィンスキーやピカソになぞらえているが、たしかに、アメリカのコメディの最高地点に立つ人は、このグルーチョだろう。子供のころ、ぼくはラジオで聴くグルーチョの番組『ユー・ベット・ユア・ライフ』が大好きだった。グルーチョ・マルクスに笑ったことのない人は不幸なのだ、とぼくはかたく信じている。

底本:『5Bの鉛筆で書いた』角川文庫 1985年

今日のリンク:「ロイ・ロジャース・ショー」


1985年 『5Bの鉛筆で書いた』 アメリカ ラジオ レコード
2016年2月2日 05:30
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