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『ピーナッツ』の日めくりカレンダー

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『ピーナッツ』の日めくりカレンダーをもう何年も使っている。いまこれを書いているワープロのある小さなデスクの左端に、二〇一九年の日めくりが斜めに立っている。まだ三月の八日だから、日めくりは分厚い。厚さは二センチを越えている。これが十一月のなかばともなると、残りの日々はもう少ないから、日めくりは薄くなる。十三センチに十一センチという大きさで、ミズーリ州カンザス・シティにあるアンドリュース・マクミール・パブリシングという出版社が刊行している。日めくりだから、毎日ひとつ、『ピーナッツ』のストリップが掲載されている。土曜日と日曜日は一枚の紙を共用しているから、ストリップはこの二日でひとつだ。

 かつて新聞に掲載された『ピーナッツ』から、任意に選んだ一年分がそのまま、日めくりとして掲載されているのだろう、と僕は思っている。何年の作品なのか、詳細はいっさい不明だが、その不明さもこの日めくりの魅力のひとつなのではないか、といまは考え始めている。一月一日から始まる『ピーナッツ』のストリップは、季節の進行に合わせながら物語が展開している。したがって、かつて新聞に掲載されたストリップを、何年ぶんも一日ごとにばらばらにして、日めくりによる一年へと編集し直しているのではないようだ。

『ピーナッツ』はその全作品が、日曜版も含めて、一点残さず、全集に収録されている。一九五〇年十月二日の第一回から、一九七〇年いっぱいまでを、とりあえず僕は手に入れた。これだけで十巻ある。読むだけでもライフ・ワークですね、と言う人がいるけれど、二日あれば一冊読める。十冊なら二十日で読み終わる。最後の巻まで買い揃えなくてはいけない。

『ピーナッツ』以前に作者のチャールズ・M・シュルツは、『リル・フォークス』というストリップ作品を、セント・ポールのパイオニア・プレスという新聞の女性欄で、二年続けた。値上げの要求に編集長は応じなかった。それが理由でそのストリップはそこで終わりとなった。このときシュルツは二十七歳だった。『リル・フォークス』には大人はいっさい登場せず、子供たちだけだったという。その子供たちは、いたずら好きでやんちゃな小悪魔という、よくある子供たちではなく、内省的な思考をひとりで長く続ける子供たちで、その様子にコミックな哀感が漂っていたそうだ。『リル・フォークス』は、明らかに、『ピーナッツ』への助走路だった。

 今年になってから僕がこの日めくりで楽しんだのは、シュローダーのピアノが樹によって食べられてしまい、シュローダーがいつも弾いているあのピアノを失うエピソードだ。エピソード、とここで書くのは、ひとつのストリップのなかで始まったストーリーが、そのあと何日かにわたって連続していくことが、しばしばあるからだ。

 いつもピアノでベートーベンを弾いていて、自分にはさっぱり関心を示さないシュローダーに腹を立てたルーシーは、シュローダーのピアノを外へ持っていき、冬の落葉している高い樹の上に向けてほうり投げる。樹はそのピアノを食べてしまう。じつはその樹は、カイト・イーティング・トゥリーなのだ。チャーリー・ブラウンがひとりで凧上げをしていると、その凧はかならずや失速し、冬の季節のなかで落葉している高い樹の、上のほうにある枝にからまる。

 どうやっても取れない凧をそのままにしておいたチャーリーが、数日後にそこへいってみると、凧は忽然と消えているではないか。おなじ体験を何度も重ねたチャーリーは、この樹が凧を食べている、この樹はしたがってカイト・イーティング・トゥリーなのだ、と結論する。おそるべきカイト・イーティング・トゥリーは、ルーシーが投げ上げたシュローダーのピアノも食べてしまった、というわけだ。シュローダーはいずれ新しいピアノを手に入れるだろうけど、いまのところピアノのないシュローダーだ。

 冬の落葉樹の枝にチャーリー・ブラウンが凧を引っかけるエピソードは、日めくりカレンダーの二〇一七年のなかにもあった。上げていた凧が失速して高い樹の枝に引っかかり、どう工夫しても取れずその日はそのままにしておき、何日かあとになっていってみると、あれほど頑固に枝にからみついていた凧は、凧糸とともに忽然と消えているという体験を、その樹が凧を食べたのだ、と発想し、その発想から、凧を食べる樹、つまりカイト・イーティング・トゥリー、という言葉を生み出す過程は、『ピーナッツ』の作者にふさわしい。

 馬鈴薯と牛肉さえ食べさせておけばいいという種類の人たち、あるいは馬鈴薯と牛肉の世界に生きる男たちのことを、ミート・アンド・ポテイト・マンと呼ぶ。これとおなじように、なんとかイーター、あるいは、なんとかイーティングかんとか、という言いかたが、きまり文句のように英語の世界にはあるのだろう。なんとかイーティングかんとかには、カイトとトゥリーをあてはめればいいのだが、そのふたつの言葉を選び出すのは、簡単ではないはずだ。チャーリー・ブラウンが冬の午後ひとりで凧を上げていて、その凧が高い落葉樹の枝に引っかかる、という状況を考え出してからでないと、カイト・イーティング・トゥリー、という言葉は生まれないと僕は思う。

『フリースタイル』2019年4月


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2020年6月22日 07:00
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