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古い雑誌はタイム・マシーンだ、すてないで大事にとっておきたまえ、と誰かがどこかで言っていた

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「古雑誌はタイム・マシーンだ」と、誰かがどこかで言ったのを、ふとぼくは思い出した。

 昔の雑誌をテーブルに置き、コーヒーでも飲みながらその雑誌のページをめくっていくと、たちまちその雑誌がニュース・スタンドにならんでいたころの時代へタイム・トラべルできてしまう、というのだ。

 よし、それではそのタイム・マシーンに乗ってみようと思ったぼくは、アメリカの一九五〇年代の大衆雑誌の大発掘をおこなった。

 場所は秘密だが、アメリカの一九四〇年代から七〇年代いっぱいにかけての一般大衆雑誌が大量に山のように眠っているところがあり、そこで発掘をおこなった。

 いろんな雑誌がざくざくと、掘りかえすはじから次々に出てくる宝庫で、半日をすごした。

 あまりに多すぎてきりがないので、一九五〇年代の『エクスワイア』と、やはり五〇年代の『ライフ』に的をしぼり、宝庫のなかから掘り出してきた。

 部屋へ持ってかえり、テーブルのうえにならべ、コーヒーをいれてひとりで飲みつつ、一九五〇年代の『エクスワイア』と『ライフ』とを、ながめていった。

「古雑誌はタイム・マシーンだ」という言葉は、正しかった。ページを開いたその瞬間、ぼくの目のまえは、そしてぼくの身のまわりは、一九五〇年代のアメリカになってしまった。

「古雑誌はタイム・マシーンだ」という言葉をより正確に書きなおすなら、「古雑誌に出ている広告は性能のすぐれたタイム・マシーンだ」となるだろう。

 まず最初に、自動車の広告が目にとびこんできた。その名も、オールズモビル・ナインティエイト・デラックス・ホリデー・セダン。

 ボディのかたちもさることながら、ツー・トーン・カラーと当時は呼んでいた塗り分けが、素晴らしい。なんとも言えない。こういう時代があったのだ。

 自動車の車体の、いたるところにある不思議なトポロジーに降り注いだであろう一九五〇年代の明るい透明な陽ざしが、一瞬、ぼくの目のまえにきらめいた。

 1ページをフルに使った広告の、レイアウトぜんたいが、まさに一九五〇年代の、大人の世界だ。あの時代のアメリカの大人たちには、このような世界が、あこがれだった。

 一九五九年モデルのシヴォレーをテイルのほうから撮った写真をつかった広告が、三種類、見つかった。

 ビスケインという呼び名の、4ドア・セダン。ノーマッドという名前のステーション・ワゴン。そして、キングスウッドという呼び名がついていた九人乗りのステーション・ワゴン。このキングスウッドのいちばんうしろのシートは、うしろむきにつけてあった。

 どれもみな、おなじテイルフィンを持っている。このテイルフィンは、ちょっと筆舌に尽くしがたい。ボディがいったん内側へえぐれてから尾ひれへと張り出していくありさまとか、テイルランプのかたちとか、ようするに一九五〇年代のアメリカ的なぜいたくさのひとつの具体的な好見本だが、これは基本的にはいったいなにかというと、大量生産によって大衆化されたアール・デコというものの極致なのだと、ぼくはひとまず考える。

 手のかかった曲線や曲面、そして複雑に入りくんだディテールを持ちつつ、ぜんたいが芸術的にうまく統合されているアール・デコは、一般大衆にとっては、最初はぜいたくなあこがれだった。

 そのアール・デコが、やがて、日常のこまごましたもののなかに、部分的に、断片的に、入りこみはじめた。大量生産の日用雑貨に、アール・デコの断片が、ほんのちょっとだけ、夢をそえたのだ。一九二〇年代にはすでにこの傾向がはっきりとあり、一九三〇年代、四〇年代とつづいてきて、五〇年代の物質的繁栄のなかで、自動車という、もっとも日常的なもののなかに、アール・デコがついに流れこんだのだ。

 一九五九年モデルのシヴォレーとなると、流れこんでいるアール・デコもかなりかたちを変えているけれど、たとえば一九五四年までさかのぼって、ポンティアックのクーペでも見てごらん、アール・デコの気持で自動車をつくったらこうなる、という見本のようなかたちをしている。

 淡いべージュのボディにまっ白い屋根のこのクーペは、大衆化されたアール・デコの夢の、最終的な具現だ。

 シヴォレーのベルエア・コンヴァーティブル、トゥー・テン・ハンディマンのステーション・ワゴン、そしてベルエア・スポーツ・クーペの三台を楽しそうな絵に描き、「遊びにつかうのだったら、この三台のうちのどれにしますか」とコピーをそえた見開き二ページの広告は、額に入れて壁にかけるといい。

 ピニン・ファリーナがデザインした、ナッシュ・ランブラーのコンヴァーティブルの広告も見つけた。デソートやパッカードの広告もあった。こういう自動車が当時はまだ生きていた。

 一九五〇年代のなかばから、アメリカふうにズドーンと大きい車の全盛期に入るのだが、ずっと小型でエコノミカルだったヨーロッパ車の流行も、一九五〇年代にスタートしている。ヴォルヴォのクーペ、モリス・マイナー、ルノー・ドーファン、オースティンA-55などの広告が当時の『ライフ』にのっている。

 当時からやはりいちばん多く売れていたのは、フォルクスワーゲンだった。一九五四年にはVWのディーラーが全米に四百軒ちかくあり、この年の前半五か月間で三万四千台ほどのビートルが売れていた。そして、ルノー・ドーファンのような車に乗ることは、状況によっては、シックでもあった。

 コカ・コーラの広告も、タイム・マシーンだ。

 いろんなシリーズがあったのだが、「趣味の良さ、味の良さの証明」シリーズをぼくはつくづくながめた。リラックスしている楽しい時間にコカ・コーラを飲むと、味はいいし趣味の良さもきわだって、楽しい時間はよりいっそう楽しくなります、という広告だ。

 写真でつくりだしてある雰囲気は、とても大人びている。若い大人、あるいは、若い感じの大人が当時は人々のあこがれだったのだ。若者文化というガキの時代は、まだ認知されてはいなかった。

 ついでにぺプシ・コーラの広告も見てみよう。人が集まって楽しくやるときは、なにはともあれまずペプシを出せばそれでみんな楽しくお友だちと、ここでも、FUN、つまり楽しくやることが、追求されている。

 一九五〇年代は、国をあげてFUNを追いかけ、つくり出した時代でもあった。そして、FUNの追求は、たとえば男の服の世界では、スポーツ・ウェアの大攻勢となって、あらわれている。

 マグレガー、カタリナ、ヴァン・ヒューセン、アロー、フルーツ・オヴ・ザ・ルーム、B・V・Dなど、いまでは日本のブランドになってしまったようなブランドがさかんに広告を出している。

 そんな広告をていねいに見ていくと、タイム・マシーンによる飛行をきめこまかく楽しめる。

 五〇年代にはチェックが大流行した。いたるところに、いろんなチェックがあった。カタリナのマドラスのショーツ、そしてそれとペアになった半袖のスポーツ・シャツなど、モデルの男性のへア・スタイルと合わせて、一九五〇年代の、リラックスした時間というものの象徴のようだ。

 なにショーツと呼べばいいのかちょっとわからないような半ズボン、そしてそれとペアになった半袖シャツという組み合わせは、この時代のリラックスしたFUNタイムというものの、もっとも端的な表現だった。はおったシャツのボタンをとめずに着るのが流行で、おなじような着こなしの男たちがマイアミ・ビーチあたりにごろごろといた。働き者のアメリカ男性が、急に身なりをくずして遊びはじめたような印象があり、面白かった。

 ウィングスやダン・リヴァーなど、久しく忘れていた当時の有名ブランドに、ページをめくったとたんに再会するのは、たしかにちょっとしたタイム・マシーン気分だ。

 ウィングスの広告では、フィッシュ・ストーリー(釣りのがした魚がいかに大きかったかを、誇張をもって人に語ること)に興じている青年たちが、描かれている。大人の五〇年代ルックの、ひとつの典型だ。このようなシャツが、四ドルから五ドルで当時は手に入った。

 マグレガーの広告に使ってある絵は、当時の大学生の、やや理想化された姿だ。彼が着ている一〇〇パーセント・ウールのジャケットは、きれいなゴールド・プリントの裏地がついて、四十五ドルだったそうだ。

 ヴァン・ヒューセンのシャツの広告も面白い。奥さまが生みおとしてくださったばかりの赤ちゃんを病院で看護婦に見せられた一九五〇年代のハンサムなお父さんは、このようなスタイルであることがひとつの理想だった。

 お父さまが着ているシャツは、当時のヴァン・ヒューセンの新製品で、シャツのおもてのどこにも縫い目が見えません、ということを自慢にしたシャツだ。

 ファッションついでに、五〇年代に流行したスクーターに乗るときの、スクーター・ファッションと、TWA(トランス・ワールド・エアラインズ)のスチュワーデスのユニフォームを、ぼくは鑑賞した。

 スクーターに乗るときのジャケットは、スクーターで走りつつ不必要にはためいたりしないよう、普通のジャケットよりずっとみじかくつくってあったということを、知っているだろうか。

 TWAのスチュワーデスの制服は、微苦笑とともに昔を思い出す、という言い方がぴったりくる。TWAという三文字を三角形にデザインして胸にもってきているあたりが、いまとなってはもっとも泣かせるところだ。機内食も、懐かしい。

 というぐあいに、一九五〇年代の雑誌にのった広告を見ていくと、きりがなく楽しめる。

 スワンクの装身具。サムソナイトの旅行用ケース各種。パシフィック・ミルズの洋服生地。ウォレンサックのステレオフォニック・ハイファイデリティ・テープ・レコーダー。シティ・クラブというブランドの靴。

 コダックは、次々に新製品を出していた。当時のコダックの各種のカメラが持っているかたちや雰囲気ほど五〇年代を強く感じさせるものもすくないのではないだろうか。

 ウェスタン・ユニオンの、母の日の感謝グリーティング電報は、カーネーションの香りつきだった。

 入念に、徹底的にファイルをつくり、こまかくお勉強するとたいへん面白い五〇年代の雑誌広告の世界は、そのファイルが完成したらぜひとも一冊の本にしようと、いまぼくは考えはじめているところだ。

『5Bの鉛筆で書いた』角川文庫 1985年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』太田出版 1995年

Life-Magazine-1950-07-10

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[書影他:本サイト編集部による参考図版]


1950年代 1985年 『エクスワイア』 『ライフ』 『5Bの鉛筆で書いた』 アメリカ デザイン 広告 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』 雑誌
2015年11月14日 05:30
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