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残りご飯のバター炒めと海苔の佃煮

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 一枚の写真が、なんらかのかたちあるいは意味で、物語のなかで重要な役を果たす短編小説をいくつか書き、一冊の本を作ってみたい、といま僕は考えている。物語はみな多様なものになるだろう。どのような物語をどんなふうに構成し、それをどう書くかに関しては、無限に近いほどの選択肢があるように思う。一枚の写真、というものそれじたいが、じつはきわめて濃厚に、奥深く、いくつもの物語なのだ。

 そのような短編のアイディアをまずひとつ作ってみようと思い、なんとなく考えていたらぜんたいがまとまってきた。一九八八年に五十一歳だったひとりの女性作家が主人公だ。なぜ彼女が一九八八年に五十一歳でなくてはいけないかという、その短編における彼女の物語のなかで重要な役を果たす一枚の写真が、一九八八年から三十年さかのぼるからだ。三十年さかのぼったところが一九五八年であるのは、僕にも書くことの出来る時間枠として、たいそう好ましい。一九五八年に二十一歳だった人は、三十年後には五十一歳となっていて、背景にある時間は一九八八年だ。一九五八年に二十一歳、三十年後は五十一歳でそのときは一九八八年。この三とおりの数字が、彼女の物語の書き手である僕にとっては、無理なくきれいに整合している。単なる時間の辻褄合わせではないし、かと言って論理の整合性のようないかめしいものでもない。なんだかよくわからないが、わからないままでいいと思う。すべての物語は過去のなかにあるのだから。

 さて、時は一九八八年。主人公の彼女は五十一歳で、作家であることを仕事にしてひとりで生きている。結婚したことは一度もない。両親は健在だとしておこう。そのことは物語のなかで小さな要素だが効果的に使うことが出来そうだ、とこの段階で僕は思う。彼女の生活ぶりは、静けさを基調とした端正で破綻のないものであり、なにごともひとりできれいにこなすことが出来るから、彼女はずっとそうしてきた、そしてこれからもそうしていくだろう。

 たいへんな美人だ、ということにもしておきたい。これもあとで、さまざまなかたちで有利に使うことが出来る。有利に使うとは、彼女にどんな影でもつけることがたやすく可能になるし、その影の奥行きもひとりでに深まる、というようなことだ。詩情をたたえたリアリズムを旨とする描写や記述に支えられて、登場人物たちの複雑な心理関係が論理を踏み外すことなく展開していくと、そこには読み始めたらやめられないサスペンスがかもし出され、読み進むにしたがってそれは濃度を増す、というような小説を彼女は書いてきた。彼女の作品は人気がある。私生活を公開したりしないから、謎の美人作家としての秘密めいたありかたも、作品への支持を集めている理由のひとつだ。

 その彼女が、月刊雑誌から、『二十代の私』というエッセー原稿の依頼を受ける。二十代だった頃の自分について、どのような視点からでもいいから、出来るかぎり具体的に、四千八百字で書く。そしてその原稿には一枚の写真を添える。二十代のときの彼女を撮った写真だ。カラーでも白黒でも、どちらでもいい。原稿の内容は、添えられたその一枚の写真のなかの自分について、充分に言及したものであることが、もっとも望ましい。およそ以上のような原稿の依頼を受けて、彼女はそれを引き受ける。一枚の写真をめぐる短編小説が、僕という書き手によって、一例としてこのように始まっていく。

 彼女は自分が二十代だった頃の写真を探す。彼女という人は、その短編を書いていく僕の頭のなかに存在する人だ。だから彼女に関するすべてのことを、僕は自分で作り出さなくてはいけない。ほんの一例として、彼女は写真をどのようにファイルしているのか。一九五八年に二十一歳だったのだから、太平洋戦争の敗戦のときには八歳だ。八歳から戦後を始めたのだから、自分の写真を人に撮られることは、戦後すぐの頃は別にしてもそれ以後は、特別なことでもなんでもなかった。それに一九五十年代は庶民のあいだで写真機とそれによって自ら撮影する写真が、たいへんなブームとなった時代だった。幼い頃から五十一歳まで、彼女の写真は大量にあるはずだ。

 写真や新聞雑誌の切り抜き、パンフレット、ノートブック、手帳など、書籍以外の紙のものすべてを、整理し保管しておくための小部屋が、彼女の住んでいる家にはあることにしよう。本来は納戸のようなスペースなのが、奥行きのある長方形のスペースであることを利用して、両側の壁いっぱいに棚が作ってあり、そこにかなりのところまで整理されたかたちで、あとで役に立つかもしれない紙のものすべてが保管してある。

 写真は褐色の書類箱のなかにある。棚のいちばん下の段に、A4サイズのおなじ書類箱が、二列になっていくつも重なっている。なかにあるのはすべて彼女の写真だ。幼い頃のものは両親が健在な実家に置いてある。それ以外のものはすべてここにある。二十代の頃の写真が入っている箱を棚から引き出し、書斎の作業テーブルで彼女はなかの写真を見ていく。いつもはすっかり忘れている若い日々の自分に、何枚もの写真として、彼女は再会していく。そのなかに、これだ、と見たとたんに即決出来るような写真が、一枚ある。一九五八年、二十一歳のとき、いまは両親だけが住んでいる世田谷の実家の、門を出たすぐのところで撮影された、彼女ひとりだけの写真だ。

 一九五八年の初夏、平日の午後、一時過ぎに、外出しようとして家を出た彼女は、門のすぐ前で近所に住む男性に呼びとめられた。五十五歳で役所を定年退職して、毎日を趣味の写真で楽しんでいる、飄々とした印象のある男性だ。彼女にとっては幼い頃からの顔見知りだ。「お出かけですか。これは、これは、すっかりお年頃になられて。お母さんによく似て、たいへんおきれいだ。せっかくですから、一枚撮らせてもらえんでしょうか。買ったばかりの最新式の写真機なんですよ。今日も今日とて、あちこちを撮り歩こうと思いましてね。そうですか、撮らせていただけますか、そいつは幸先がいい」などとひとりで喋りながら、彼は撮影の態勢をととのえる。二十一歳の自分が写っている白黒の写真を見ながら、五十一歳の彼女は忘れていたディテールを次々に思い出していく。

 彼は彼女を写真に撮る。きれいに晴れた日だった。写真機を構える彼に対して、彼女は順光の位置に立っていた。彼女には陽ざしがまぶしかった。彼は肩ごしに空を仰いだ。小さな白い雲が太陽にかかろうとしていた。「あの雲でいますぐに陽がかげりますから」と、彼は言った。「太陽に雲がかかったら、まぶしくはありませんので、そのときを狙って撮ります」そう言って彼は写真機を構え、ファインダーのなかに彼女をとらえた。彼女は肺活量いっぱいに息を吸い込み、両肩をまっすぐにして背をのばし胸を張り、写真機のレンズを直視した。そして太陽は小さな雲に隠され、陽はほどよくかげり、彼はシャッター・ボタンを押し下げてシャッターは開閉した。その結果が、五十一歳になったいまの彼女が手に持って見ている、写真だ。

 キャビネに自分で焼き付けたものを、その写真趣味の男性は後日に彼女の家へ届けてくれた。裏には鉛筆で年月日が記され、「長崎兵吉、写ス」と添えてあるのを、いまの彼女が見る。この写真を撮ってもらった日のことを原稿に書こう、と彼女は思う。字数は四千八百字だ。彼女が使っている四百字詰めの原稿用紙で十二枚だ。これだけの文字数があると、かなりのことが書ける。書き手としての本能のようなものが、写真を眺めている彼女のなかに、反射的に立ち上がってくる。思いがけず写真を撮ってもらった状況は、思い出したとおりに書けばいい。しかしそれだけでは足らない。『二十代の私』というその雑誌の企画は、いまで三年目だという。毎号、各界で活躍している人がひとり登場し、二十代だった頃の写真を披露しつつ、その頃の自分について書く。

 なにを書けばいいか。写真を撮ってもらったその日のことを書けばいい。私立大学の二年生だった彼女は、その日は大学の講義はなく、したがって休日だった。父親はいつものように会社へいき、母親は午前中に出かけた。あたえられたきっかけを手がかりにすると、ついさきほどまでは完全に忘れていた三十年前のことが、かなり細かい部分まで、次々に思い出されてくる。

 昼食をひとりで食べた。なにを食べたか。二十代の平凡な日常の象徴として、この日の昼食についてはきちんと書くべきだ。なにを自分は食べたか、彼女は記憶をたどる。その彼女について書くのは、さきほども触れたとおり、この僕だ。その日の彼女がひとりで昼食になにを食べたかとは、一九五八年の二十一歳の彼女に、僕はなにを食べさせることが出来るのか、ということにほかならない。一九五八年のある平日の、二十一歳の女性が自宅でひとり食べる昼食を、僕は小説のなかに言葉で作り出さなくてはいけない。

 一九五八年に僕はすでに存在していた。子供と大人の境目のような期間のなかにいた。その頃の自分が自宅でなにを食べていたかを思い出せば、彼女の昼食への手がかりになるだろうか、などとふと思うけれど、曖昧な記憶のなかになにかを探そうとするよりも、外側から客観的に、彼女の昼食を作っていったほうが効果的だろう、と思いなおす。

 彼女はその日の朝食を自宅で食べた。両親といっしょだった。そのときのご飯が残っている、という状態にはなんの無理もないし、残っていて当然でもある。白いご飯だ。一九五八年には米は豊富に出まわっていた。白米のご飯は特別なものではなくなっていた。では彼女にそれを食べさせよう。残っているご飯はどこにあるのか。おひつのなかか。

 電気式の自動炊飯器は一九五五年に発売されている。電気式とわざわざ書くのは、それから一年か二年あと、ガス台に載せて使う炊飯器も、売り出されたからだ。一九五八年の日本での、電気式の自動炊飯器の普及率は、十軒に一軒だったという。彼女の父親は新しがりやである、という設定にしておこう。だから電気式の自動炊飯器は、彼女の家の台所では、そこにあって当然の見なれた存在だ。お母さんはどちらかと言えば以前からのやりかたを踏襲したがる性格である、としておくと面白いかもしれない。自動炊飯器に母親は初めのうち抵抗していたのだが夫の説得に負け、ご飯はそれで炊くけれども、炊いたあとはおひつに移すことを、母親はいまでもおこなっている。だから残りご飯はおひつにある。ご飯ひとつで僕はこんなことまで考えなくてはいけない。

 ご飯はある。では、おかずは、どうしょうか。冷蔵庫はこの頃には必需品で、炊飯器以上にあって当然のものだ。彼女は冷蔵庫を開けてみるだろう。そこになにがあるのか。いまこの文章を書いている二〇〇五年から振り返って遠望する、一九五八年の東京・世田谷の、ごく普通の家庭の冷蔵庫になにがあったか、僕にはまるっきりわからない。自分の記憶など、なんの役にも立たない。バターはあっただろう、というようなことしか言えないのだから。残りご飯をバターで炒めるか。それならそれでもいい。ただし、彼女にそうさせることによって、二十一歳の彼女のありようが、ほんの一部分にせよ、規定されてしまう。とは言え、彼女にひとりで食べさせるこの昼食は、彼女の日常の基調となっていた、退屈と言うならそうも言える、なんら特別のものではない、ごく月並みな様子を語るべきものなのだから、普通のことならなんでもいい。

 三木のり平という喜劇役者をキャラクターに採用した、桃屋という会社の海苔の佃煮のCMが、この年にTVで人気となっていた。この海苔の佃煮は、のり平とともに日本全国に広まった。彼女の自宅の冷蔵庫に、この海苔の佃煮のガラス瓶があったとしても、そこに不思議や無理はいっさいない。バターで炒めた残りご飯に、ガラス瓶から取り出す海苔の佃煮。悪くないではないか。もうひとつなにか欲しいような気もするが、それが余計なものであってはいけない。簡潔であるに越したことはないという方針なら、これでもいいと僕は思う。

 一九五七年の五月に、東京飲料という会社が、日本でコカコーラの発売を始めた。だから彼女が冷蔵庫を開ければ、新しもの好きの父親がみずから買って来たコカコーラがあるのは、時代背景を語るきっかけとしては有効だろう。NHKのTVで『きょうの料理』という番組が始まったのが一九五七年だった。夫に勧められた彼女の母親が、この番組を見て作った料理の残りが冷蔵庫のなかにある、という設定も間違いにはならないが、ここまで書くと明らかにそれは余計なことだ、という印象が強くなる。

 彼女はゼロ歳のときから育った家に両親とともにいる。けっして特別なものではないが、恵まれた環境だと言っていい。おなじ大学生でも、どこか地方から東京へ出て来てアパートの部屋でひとり暮らしをしているという設定だと、ひとりで食べる平凡な昼食でも趣はかなり違ってくる。彼女が住んでいるアパートは、駅から三十分も歩いたキャベツ畑のかたわらにぽつんと建っている、ということにはならないだろう。遠くても七、八分歩けば、駅へとつながる商店街の一端に出る、というような位置に彼女のアパートはあるだろう。

 昼食の用意が前日からしてなければ、彼女は食べるものを買いに出なくてはならない。商店街のなかのいちばん近いパン店へいき、そこでコッペ・パンを買い、ふたつに切り開いてもらって、片方にはマーガリンそしてもう一方にはジャムを塗ってもらい、ガラス瓶に入った牛乳一本とともにごく簡単な作りの紙袋に入れてもらい、アパートの部屋へ帰っていく。もらい、という言葉が三つも重なる。応対したパン屋のおばさんに、現実にそうしてもらうのだから、これで四つめだが、これはどうしようもない。

 部屋に帰った彼女は、畳にすわる方式の勉強机に斜めに向き合って横ずわりし、牛乳を飲みながら、一個のコッペ・パンをジャムとマーガリンで食べていく。一九五八年の東京でアパートの部屋にひとり暮らしの二十一歳の大学生なら、もっともありそうなこととして、ある日の昼食はこうなるだろうと、僕とほぼ同世代の体験者が語ってくれた。

 近所に住んでいた写真を趣味とする男性に、出かけるために自宅を出たところで撮ってもらった二十一歳の自分のモノクロの写真を、いまは五十一歳の彼女がつくづくと眺める。四千八百字もあるエッセイ原稿の前半には、出かける前にひとりで食べた昼食について書こう、と彼女はきめた。バターで炒めた残りご飯を海苔の佃煮で食べたその昼食が、写真のなかに固定されている自分の、白い半袖シャツにくるまれた体の、胃のなかでこなれつつある、と彼女は思う。エッセイの後半には、なにを書けばいいか。

 一九五八年五月のある日にたまたま撮影されたこの自分の写真を、なにごとかの境目として位置づければいいのではないか、ということにほどなく彼女は思いいたる。ではそれは、なにとなにとの境目なのか。出かける前にひとりで食べた昼食を、その頃の自分にとっての日常という平凡さの象徴だとするなら、出かけたあとになんらかのかたちで体験した、非日常的なものあるいはなにか特別なこととの境目が、この一枚の写真なのだ。

 あの日、自分はどこへ出かけたか。記憶はない。頭のどこかにあるのかもしれないが、それをいま思い出すことは不可能だ、と彼女は思う。創作すればいい。どこへ出かけ、そこでなにをすれば、あるいはそこでなにがあれば、それは日常と対比することの出来るほどの、非日常となるのか。創作が彼女の頭のなかで始まっていく。

 朝からなんとなく気持ちの晴れなかったあの日の自分は、間に合わせの昼食をひとりで食べたあと外出した。学校は講義のない日だった。家を出たところで近所の写真好きの男性に呼びとめられ、この写真を撮られた。そのあと、自分はいつもの駅へいき、電車に乗って新宿へ出た。そこから中央線に乗り換えて御茶ノ水駅までいき、そこで降りて駿河台下まで歩いた。そして古書店を何軒もまわった、ということにしよう。

 神保町の古書店をまわって本を買うことを、大学生になってからの彼女は、しばしばおこなっていた。その五月の快晴の日にも、彼女は何軒もの店で本を見た。探している本、あるいは求めているものが、はっきりとあるわけではなかった。たくさんの本を見て題名を読んでいると、やがて自分の気持ちのなかに立ち上がってくる、現実とはちがったもうひとつの世界の感触を、そうとは意識しないままに、二十一歳の彼女は好んでいた。

 その日は三冊の本を買った。小説を二冊にノン・フィクションが一冊だ。三冊とも、これはぜひとも読んでおきたい、と彼女は思った。いつものとおりに古書店をめぐり、数多くの本を見て気持ちを高め、読みたいという熱意をかきたててくれる本を三冊、見つけて買うことが出来た。充実したいい午後だった。喫茶店に入りひとりでコーヒーを飲みながら、その充実感を彼女は確認しつつ静かな時間を過ごすのだが、朝から続いていた妙に気持ちの晴れない状態も、充実感と並行して高まっているのを、彼女は冷静に自覚した。これはなにだろうか。風邪でもひくのだろうか、と彼女は思った。

 喫茶店を出ると午後は夕方へと傾きつつあった。西陽の靖国通りを駿河台下の交差点に向けて歩きながら、気持ちの塞がって晴れない状態が自分のなかで急激に高まっていくのを、彼女は感じた。半分は夢のなかにいるかのように、足が歩道から少しだけ浮き上がった感触があった。これは体の不調ではなく、いまの自分のありかたに起因する心理的な問題だ、と彼女は判断した。そこから脱出するには、どうしたらいいのか。自分ではさほど意識はしないままに、彼女はたいへんな集中力を発揮し、思考を一点に集中させた。そして解答を得た。

 いま自分を押しつぶさんばかりにのしかかっている、閉塞した不快な気持ちは、自分のありかたが受け身であることから発生している。両親のいる家庭に守られて大学へいき、本を読み、今日も古書店をめぐって本を買った。そしてそれを自分は読む。これは受け身の最たる状態ではないか。そしてそこから脱出するためには、自分は受け身の反対である能動へと、ありかたを転換させなくてはいけない。

 能動とはどのようなありかたなのか。書くことだ。読んでばかりいないで、自分も書き手になればいいのだ。唯一にして無二であるこの正解によって、彼女のぜんたいが刺し貫かれた瞬間、気持ちの塞いで閉塞した不快な状態は、魔法を解かれたかのように霧散して消えた。そしてそれと入れ替えに、無限と言っていいほどに広い空間が彼女のなかに流れ込み、見上げた青い空と完全にひとつになっていく自分を彼女は感じた。そしてさらにその次の瞬間、いつもの自分に戻っている自分を、彼女は確認した。ただしその自分は、受け身から能動へという、一生に一度しかない劇的な変化を、たったいまくぐり抜けている。

 二十一歳のある日、近所の人に偶然に撮ってもらった自分の写真から、いまは五十一歳の作家となっている彼女は、およそ以上のようなフィクションを引っぱり出す。その写真を境目にして、時間的に言ってその向こう側、つまりひとりで昼食を食べて出かけるまでは、事実そのままだ。そしてその写真から見て時間的にこちら側は、フィクションだ。一枚の写真をあいだにはさんで、日常と非日常との対比は、うまくいっているではないか、と彼女は思う。作家になる決意、というものを越える非日常は、どこにもないはずだ。

 現実の彼女は、ふと書いた短編がなんとなく活字になり、そこからスタートして書き続けるうちに、作品が一冊また一冊と増えていき、四冊になったときにようやく、自分の書くものを熱心に支持する読者がいる事実を知った。このとき彼女は三十代のなかばだった。四千八百字のエッセイ原稿のために、二十一歳のときに手にした作家になる決意、というフィクションを自分は考え、それを実際に文章に書くつもりでいる。作家という生きかたへの決意などについて、彼女はこれまでなにひとつ書いてはこなかった。そのようなものはなかったからだ。しかし完全になかったわけではない。いまひとつ承服することの出来ない自分のありかたを埋める手段として、小説を書いてみたのは確かな事実だ。

 二十一歳の自分をとらえた写真を、彼女は第三者として観察する。作家への決意を手にする直前の自分として、この写真の自分は理想的だ、と彼女は思う。若い美人だが、確たる目標はなにひとつないまま、漫然と文科系の大学生をしていた。どこか視点の定まりきっていない目、そしてそれゆえに寂しげに見えなくもない唇など、これ以上の出来ばえではあり得ない、などと彼女は思う。作家になる決意を手に入れた日のことを、こうして証拠写真を添えてエッセイに書けば、作家としての個人史のなかにそれはおそらく事実として固定されるだろう。いっこうに構わない、と彼女は思う。自分自身を題材にしてほんのちょっとしたフィクションを作る営みは、自分で自分のなかに過去の自分を発見することでもある、と彼女は思う。

 以上のような内容の短編小説を書くために、どうしても必要となるはずのものが、二十一歳の女性が一九五八年のある日、瓶詰の海苔の佃煮をおかずにして自宅でひとり食べた、残りご飯のバター炒めなのだ。いま僕が書いたような内容の短編ではないならば、彼女がひとりで昼食になにを食べたかなど、書く必要はないだろう。昼食は簡単にすませた、という程度の書きかたで充分だろうし、よく考えるならそれすら必要はないはずだ。

底本:『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』NHK出版 2005年


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2020年6月5日 07:00
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