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日本におけるマヨネーズ階層

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 英文字で正しく綴られたマヨネーズという言葉を、マヨンナイセと読んでそのとおりに音声にした人を、いまでも僕は覚えている。日本で言うところのローマ字読みにすると、マヨネーズは確かにマヨンナイセだ。マヨンナイセと記憶し、そのとおりにローマ字書きにすれば、正しい綴りのマヨネーズとなる。綴りの記憶法として、マヨンナイセは有効かもしれない。正しく綴られた英文字によるマヨネーズという言葉は、視覚的な印象としてはフランス語のように思える。フランスの地名ないしは人名から生まれた、という説を聞いたことがあるが、モロッコの港、マホンから発生したものだ、という説もある。

 マヨネーズをアメリカの人たちに初めて食べさせたのは、スイス生まれのジョヴァンニとピエトロのデル・モニコ兄弟だった。彼らは移住先のニューヨークでレストランを開いて大成功をおさめた。一八三十年代の初めの頃だ。外で食べる、という食べかたを、アメリカの人たちは昔から好いていたようだ。アメリカに紹介されたレストランという概念と実体は熱烈に受け入れられ、一八七十年代のニューヨークには五千軒からのレストランが盛業していたという。イタリーからニューヨークへの移住者たちの足場として、トラットリエは重要な機能を果たした。ちなみに、ピッツアがアメリカに紹介されたのは、ここにおいてだった。

 マヨネーズが日本になじむとは思わなかった。しかしそれはなじんでしまった。もはや完全に日本のものだ。スーパーマーケットへいくと、何種類ものマヨネーズが棚にある。マヨドレというような言葉が日常の必須語彙となっている人たちが、日本のマヨネーズをその底辺で支えている。

 私鉄の電車に郊外の駅から乗ってきた中学生が、鞄を足もとに投げ下ろして席にすわる。学校の制服をことのほか汚くだらしなく着ている。安さで知られたハンバーガーのチェーン店の紙袋を彼は持っている。袋を開いた彼はなかからハンバーガーをひとつ取り出す。そして足もとの鞄にかがみ込み、ジパーを開いてなかを探し、やがて取り出したのはマヨネーズのチューブだ。チューブの赤い蓋を取った彼はハンバーガーを開き、チューブからたっぷりとまんべんなくマヨネーズを垂らした。チューブの蓋を閉じ、ハンバーガーも閉じた彼は、マヨネーズのチューブを片手に持ったまま、座席に腰を浅くずらしてハンバーガーにかぶりついた。パンの反対側から、制服の上着の裾に、マヨネーズがひとかたまり、ぼたっと落ちた。気づくこともなく彼はもうひと口、ハンバーガーを嚙み切る。マヨネーズな人々とも言うべき階層の人たちが、日本における多数派となっている。

底本:『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』NHK出版 2005年


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2020年5月28日 07:00
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