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マリリン・モンローの唇が、いまも語ること

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 イーヴ・アーノルドの写真集『マリリン・モンロー』のサブタイトルは、「アン・アプリーシエイション」という。このサブ・タイトルは、うれしい。メモワールでもなく、未公開写真集でもなく「アン・アプリーシエイション」なのだ。なぜそうなのか、その由来に関して、アーノルドは序文のなかに自分で書いている。

 かつて、イーヴ・アーノルドは、マレーネ・デートリッヒを写真に撮った。雑誌『エスクワイア』のための仕事だった。このときの写真と記事のタイトルが、「アン・アプリーシエイション」だった。まだ有名ではなかった頃のマリリンが、たまたまこの記事と写真を見た。そして「アン・アプリーシエイション」というタイトルを、彼女は記憶した。

「私を撮った写真にも、「アン・アプリーシエイション」というような言葉を、いつかそのうち使ってもらえるときが来るかしら」と、マリリンは、アーノルドに語った。

 マリリンの望みに、アーノルドが応えた。『マリリン・モンロー』のなかにある写真、そして文章は、素晴らしい。材料となったマリリン自身も、素晴らしい。すべてが、アプリーシエイションという言葉に、確実に値する。イーヴ・アーノルドは、アメリカ育ちだ。しかし、活躍の場は、長い間イギリスだった。『イン・アメリカ』や『フラッシュバック一九五〇年代』などの作品は、いまでも簡単に手に入る。マグナム・フォトに所属する、優秀きわまりない写真ジャーナリストだ。マリリンとアーノルドとの関係は、写真家と被写体の関係からはじまり、高い次元の友情や信頼の関係へと、次第に移っていった。

 一九五〇年代のはじめから、マリリンの死のすこしまえまで、十年以上にわたる期間に、六回のフォト・セッションがおこなわれた。そのなかで生まれた写真によって、写真集『マリリン・モンロー』は構成してある。はじめて公開される写真が数多くある。圧巻は、映画『荒馬と女』のロケーション撮影先で、アーノルドが撮影した数々の写真だ。

 女優としてのマリリン・モンローは、未完のままに終わった、という印象を僕は強く持っている。マリリンは、未完であっただけではなく、そもそも女優にはむいていなかったということが、この写真集に添えてあるアーノルドの文章を読むと、はっきりとわかってくる。才能的にむいていなかったのではなく、本能的に、あるいは気質的に、彼女は女優むきではなかった。

 女優には、演技が要求される。演技などなにひとつしない大女優はたくさんいるが、マリリンはそのようなジャンルのなかに入り得るような才能ではなかった。マリリンは、演技をすることを、引き受けた。そしてその演技の土台であるはずのシナリオが、マリリンは大の苦手だった。

 シナリオは、ひとつのストーリーを描き出している。と同時に、シナリオは、出演者たちが演じるベき役の、内面でもある。その内面には、ひとつの統一された意志のようなものがあり、その意志をよりどころに、ストーリーの展開どおり、あくまでも統一を保った明確なひとつの像として、役というものを演じていかなければならない。

 明確に統一されたひとつの像を、演技によって破綻なく結ばせる意志というものから、マリリンは本能的に遠い位置にいた。だから、まずなによりも先に、シナリオに書いてある台詞を覚えることに、マリリンはたいへんな苦労をした。頭の悪さや集中力のなさなどが問題だったのではない。マリリンは頭が良かったし、すさまじい集中力も持ちあわせていた。しかし、人の内面が演技をとおしてひとつの統一された像を結ぶ、あるいは結ぶはずだという前提は、マリリンにとっては遠いことだった。

 なんら疑うことなく演技をしてしまう大女優や、主演女優に演技というものを要求する監督たちを相手に、マリリンは、ありかたの基本において、最初から対立しなければならなかった。自分の内面が、演技を通過することによって、演じられた役というひとつの統一された像が撮影カメラのまえの空間に結ばれてくるという前提を彼らは最初から最後まで肯定しているからだ。

 マリリンが持っていた特別な才能は、刻一刻と変化していく自分を、スティル・カメラのために見せていく、という才能だった。白黒のフィルムを装塡したスティル・カメラのモデルとして、マリリンはたぐい稀な資質を持っていた。

 マリリンが残したもののなかで、もっとも素晴らしいものは、スティル・カメラによって、どちらかと言えばスナップ・ショット的にとらえられた彼女の、無数と言っていい数の、ブラック・アンド・ホワイトの写真だ。スティル・カメラのレンズやフィルムに対して彼女が発揮した独特の才能を、彼女を撮ったことのある写真家の誰もが、讃えている。

 イーヴ・アーノルドも、マリリンのこのような才能を、正しく見抜いていた。写真集のなかの多くの写真を、アーノルドは、スナップ・ショット的に撮っている。映画のロケーション撮影現場だから、スナップ・ショット的にならざるを得ない制約はあったにしても、スナップ・ショット的な多くの作品は、アーノルドの意志と才能の結果だ。

 どの人の内面にもかならずあるはずの、統一されたひとつの意志によって、演技というものがなされる。その結果として、もうひとつの統一された像が、見事に演じられた役として、浮かび上がってくる。このような前提のもとに演技をしていくことに、マリリンは最後までなじめなかった。

 カラー写真で見るときの彼女は、さほど特別な人という感じはしない。ブラック・アンド・ホワイトの写真で見るときの、なんとも言いがたい魅力的な雰囲気は、カラー写真だと、かなりの部分がどこかへ飛んでいき、なくなってしまう。

 顔立ちも骨格も、マリリンはもともとそれほど特別ではない。主演スター女優としては、骨格などないに等しい。肥りやすい不利な体質だったし、イメージされているよりもはるかに小柄だ。

 スティル・カメラのまえで、刻一刻と雰囲気さらには質を変化させているときの自分が、彼女にとっては本当の自分だった。その変化の質の速度が、カメラのシャッター・ボタンが押されていく速度と同調したとき、彼女は、ブラック・アンド・ホワイトの写真のなかで、ひとつの抜きん出た存在になることが出来た。

 ひとりの人が、いつまでたってもまったくばらばらのままである、ということはあり得ない。彼女には彼女なりの統一が、ちゃんとある。しかし、彼女が自分というものをどのようにとらえていたかは、いまとなってはすべて謎だ。その謎の人が、アーノルドの写真のなかに、素晴らしい存在として、写しとられている。

 マリリンとスティル・カメラとの関係には、即興性が大きく存在した。しかし、常にばらばらでとりとめのない、最初から最後まで四散してしまったような状態では、絶対になかった。どこかに統一はあったのだが、シナリオどおりに内面を演じてみせることが出来るほどの、あからさまな統一ではなかった。

 マリリン・モンローの一生は、自分とはなにかという問題に関して、波乱万丈だった。そのような問題に関して、彼女の悩みはそれだけ深かった、ということでもあるし、悩みの深さは、自己の探索に関して彼女は妥協することなく徹底していた、ということでもある。ハリウッドのスター女優、そして世界のセックス・シンボルなどと言われてしまうような環境のなかにいてもなお、自己の探索に関して妥協することなく徹底する自由を、彼女は持ち得ていた。

 刻一刻と変化し続けていく、その瞬間ごとの自分という、無数の自分の集合こそ、自分というひとりの人間であるという生きかたが、すくなくとも写真のなかでは可能であることを、マリリン・モンローは見せてくれた。彼女がおこなった自己探索の、途中までの成果だと言っていい。

 不特定多数の人たちのあいだに広めることを目的にして、自分の写真を写真家に撮影してもらうことから人生をスタートさせたひとりのユニークな女性、マリリン・モンローは、いろんなことを考えるきっかけを僕にあたえてくれる。たとえば、すでに何冊も刊行されている彼女の写真集を見ていてすぐに気づくことのひとつは、彼女が唇を閉じている写真がきわめてすくないという事実だ。スティル・カメラにむかって自分の才能を発揮するとき、その発揮のしかたの有効なひとつのスタイルとして、性的な意味を強くこめたと言われてもしかたのない、あのような半開きの唇というものを、彼女は見つけたのだ。

 彼女の悲劇は、この半開きの唇に、端的にあらわれている。スティル・カメラとむきあって才能を発揮するとは、要するに、現実の自分という素材を使って、現実の自分とは別の、さまざまな自分を作り出してみせることだ。このような才能の最初の芽ばえは、幼い頃の彼女の境遇のなかに、見ることが出来る。

 幼い頃すでに、彼女の境遇は、明らかにみじめなものだった。しかし、いくらみじめであっても、幼い子供に自分の境遇を選びなおすことは出来ない。だから幼い彼女は、そのような境遇のなかで、なんらかのかたちで、みじめさに対処する方法を学ばなくてはならなかった。

 幼い彼女は映画館に入りびたることを学んだ。映画という夢物語をスクリーンの上に飽かず眺めては、幼いマリリンは、主演女優が演じる主人公はこの自分であるという想像をくりかえして、日々を送った。

 境遇のみじめさを、ほんのいっとき忘れるための他愛ない空想ごっこのなかで、じつはたいへんにクリエイティヴな作業がはじまっていた。女優が映画のなかで演じる架空の主人公に自分を重ねることをとおして、現実の自分を別の自分に変えてしまうという才能の開発を、自分ではもちろんそうと気づくことなく、マリリンは幼い頃からはじめた。

 若い女性に成長した彼女は、幼い頃の空想ごっこのごく当然の延長として、映画スターになることを熱望しはじめた。そして、そのための最初の足がかりとして、彼女はハリウッドで写真モデルとなった。自分を写真に撮ってくれる写真家のカメラとむきあったときの彼女は、写真家が求める存在そのものに自分がなりきる才能を、最初から発揮していた。そして、豊富な体験の蓄積をとおして、そのような才能に彼女は磨きをかけた。自分もあんなふうになりたい、という切実な思いとともに、飽きることなく眺めたスクリーンの上の、ほとんどすべて架空と言っていい存在に、スティル・カメラのまえで、彼女はワン・ショットごとに接近していった。

 写真モデルとしての体験をある程度まで積むと、彼女の写真はいたるところに出まわるようになった。彼女の人気は高まり、需要はさらに増えた。そしてあるとき、転換が起こった。写真家に撮影してもらうために自分が作り出したイメージ上の架空の存在が、現実の彼女をさしおき、押しのけ、現実のなかでも主役をつとめはじめるという、大きな転換だ。

 自分が自分だけを素材にして作った、自分とは別物のイメージが、現実の自分なのだと多くの人から信じこまれた上で、その別物の自分が現実の人生のなかでも主役になるという奇妙な人生が、ここからはじまった。

 数多くの写真のなかに作り出されたもうひとりの架空の彼女は、屈託のない明るさをたたえた、若くて健康的な、そして性的な魅力のありったけを、あっさりと表面に出している女性、というイメージだった。そしてそのようなイメージを、スティル・カメラを相手に、彼女は巧みに創造していった。写真のために自分が創造した別の自分が、現実の本当の自分として、いつのまにか自分以外のほとんどの人たちの頭のなかにあるのを発見するのは、大きな恐怖をともなう体験だったにちがいないと僕は思う。

 その僕が、彼女の多くの写真を見て、なにに対して感銘を受けるかというと、マリリンがスティル・カメラを相手に創造した、架空の彼女に対してだ。そしてその感銘のあと、彼女の不思議な人生を逆にたどって現実の彼女に思いいたり、そこでようやく、現実の彼女に対しても僕は感銘を受ける。彼女の半開きの唇は、このような構造の人生について、いまも語っている。

 彼女はたいへんに写真的な人だ。写真の特性と、彼女が持っていた特性とは、絶妙に呼応している。写真の特性は彼女の特性でもある。たとえば、写真は一枚よりもたくさんあったほうが、よりよく本来の機能を発揮出来る。マリリンを理解するためには、ブラック・アンド・ホワイトの写真を出来るだけたくさん見たほうが、理解は奥行きと広がりを獲得する。彼女の写真がたくさん残されているのは、たいへんいいことだ。

『ノートブックに誘惑された』角川文庫 1992年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『なぜ写真集が好きか』太田出版 1995年

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MARILYN MONROE
AN APPRECIATION
Eve Arnold
Hamish Hamilton
1987


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2016年6月1日 05:30
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