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言葉のなかだけにある日本をさまよう

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 オールタイム、という日本語を文字どおりに解釈するなら、文庫のオールタイム・ベスト10など、とうてい無理だ。勝手に戦後だけに限定しても、戦後の日本で出版された文庫のすべてを所有していて、そのほとんどについてよく知っていないと、そこから十冊を選ぶことなど出来っこない。

 僕がいま実行している本の買いかたは、書店の棚で発見するかのごとく出会い、その出会いの結果として購入する場合と、情報だけを頼りに注文して手に入れる場合との、およそ半々だ。文庫は書店で買うことが多い。書店へ入ると文庫はたくさんあるから、見て選ぶことがまだ可能だから。

 だからベスト10は、僕という個人の文脈のなかでの、最近の僕、という枠のなかの出来事になる。最近とはこの四、五年だと思うけれど、六十年くらいなんの無理もなくさかのぼる文庫があったりするから、書店の棚の前で過ごす時間はぜひ持つといい。

『ロウソクの科学』(岩波文庫 二〇一〇)を竹内敬人さんの翻訳で手に入れたのは今年の夏だ。マイケル・ファラデーのこの著作は僕が子供だった頃には、成長していく子供にとっての必読書のひとつだった。本を読まない人は馬鹿面になる、といつも言っていた母親が買ってくれたのを、何度、読もうとしたことか。そしてそのたびに僕は挫折していた。なぜ自分はこの本にここまで挫折するのか、まずそのことが不思議だ、という印象を抱いて六十年、ついに挫折の謎が解けた、と自分では思った。いろんな人による翻訳が数多く出版され、なかにはひどいものがあった、という記事をどこかで読んだ僕は、そうか、あの挫折の理由は翻訳にあったのか、と理解した。だからさっそく書店へいき、文庫の棚のなかに岩波文庫のこれを見つけた。翻訳された題名のなかにある「科学」とは、科学ではなく、一本のロウソクの化学的な歴史、という意味であることを、夏の猛暑日に僕は知った。

 イザベラ・バードの、というフレーズが題名の一部分となっている、『イザベラ・バードの日本紀行』(講談社学術文庫 二〇〇八)は上下二冊だ。これはオールタイム・ベスト10のひとつに挙げてもいい。これを僕は愛読している。ここに日本がある、そしてその日本は自分の生まれ育った日本と、歴史によってつながっている。ただしその日本は、明治維新からまだ時間のたっていない時代の、東北と北海道だ。

「一八七八年、横浜に上陸した英国人女性イザベラ・バードは、日本での旅行の皮切りに、欧米人に未踏の内陸ルートによる東京–函館間の旅を敢行する。苦難に満ちた旅の折々に、彼女は自らの見聞や日本の印象を故国の妹に書き送った。世界を廻った大旅行家の冷徹な眼を通じ、維新後間もない東北・北海道の文化・習俗・自然等を活写した日本北方紀行」と、表紙カヴァーの裏に印刷してある。これを読んだだけでも、自分にとっての必読書であることは、よくわかる。しかし、いまの自分とはなんの関係もない、と思い込むことのたやすく可能な人たちが、いまの日本には大量にいるようだ。彼らは、いったい、どこをどのように、生きているのか。その彼らを、イザベラ・バードのような「冷徹な眼」で見たら、どんなことになるのか。

『ペリリュー・沖縄戦記』(講談社学術文庫 二〇〇八)を文庫で手に入れてすでに数年が経過している。アメリカ海兵隊の歩兵として、ペリリューそして沖縄での、旧日本軍との激戦を体験したユージン・B・スレッジの著作だ。これもオールタイム・ベスト10のひとつに挙げたい。「私はアメリカ第一海兵師団第五連隊第三大隊K中隊の一員として、中部太平洋にあるパラオ諸島のペリリュー島と、沖縄の攻略戦に参加した」と、スレッジは書き始めていく。僕がこの本を読む行為は、スレッジの海兵隊における所属を、英語で正確に記憶することから始まっていく。

 堀栄三の『大本営参謀の情報戦記』(文春文庫 一九九六)を僕が知ったのは今年の夏だ。じつに遅い。文庫になったのが一九九六年なのだから、じつに遅い、などと言っている場合ではない。「情報なき国家の悲劇」という副題を見たら、とにかく買っておくほかない。そして、買ったなら、すぐにではなくていいから、読むほかない。書かれている世界に関して、自分はあまりにも知らないのだから、そのような状態を少しでも独力で改善するには、買ったこの本を読むほかない。

 太平洋戦争をしていた日本の話だ。そもそもの失敗から戦争という行動を起こし、重なり続ける失敗を覆い隠し、最終的な失敗を失敗で塗りつぶそうとして失敗したという、日本という国の惨憺たる状況がここにある。情報とは事実を直視し、それにもとづいてもっとも現実的な行動をとることだ。日本はそれをしなかった。なんの根拠もない主観的な希望を事実にすり替え、こうであるはずだ、こうに違いない、だったらこのまま進めばいい、という道の果てになにがあったか。ベスト10のために僕が選んだ十冊の文庫本のなかで、もっとも怖いのはこの本だ。いまの日本、これからの日本が、そっくりそのまま、ここにあるのだから、それが読者にあたえる恐怖の質は、きわめて高いと言わなくてはいけない。

『日本 1852』(草思社文庫 二〇一六)には「ペリー遠征計画の基礎資料」とある。これをいま少し嚙みくだくと、「ペリー来航の前、彼らはすでに恐るべき精度で『日本』を把握していた!」という帯の文言となる。背景となった時代はかなり離れているが、『大本営参謀の情報戦記』の副読本として読める。マシュー・ペリー提督が艦隊を率いて日本へ来る前の年、一八五二年に刊行された資料だ。

『プラグマティズム』(岩波文庫 改版二〇一〇)という本が説く内容は、「もっともアメリカ的なものの考え方であり、今日のアメリカ資本主義社会とその文化を築き上げてきた基調である」と、その表紙にうたってある。「アメリカ的なものの見かたの核心は、じつにこの一冊に圧縮されている」ともうたう。一九五七年に始めて岩波文庫となり、二〇一四年までのあいだに四十八刷りを重ねたという。しかしいまでは知らない人はじつに多い。読めばいいのに、と僕は思う。さきほどのペリーの資料を読んだあとに『プラグマティズム』を読み、『大本営参謀の情報戦記』のあと『ペリリュー・沖縄戦記』を読むという、恐怖の読書コースを僕は勧める。

 もはやどこにもない日本のなかを、一冊の文庫本の助けを借りてさまよう、という読書がある。ラフカディオ・ハーンの『新編 日本の面影』(角川ソフィア文庫 二〇〇〇)はそのような文庫本の一冊だ。「美しい日本の愛すべき人々と風物を印象的に描いたハーンの代表作」である『知られぬ日本の面影』を、新たに編集しなおし、「詩情豊かな新訳」として刊行したものだ。

 ラフカディオ・ハーンが日本へ来たのは一八九〇年、明治二十三年のことで、そのときから日本について書き続け、本書がアメリカで最初に出版されたのは、一八九四年だった。いまから百二十六年も前の日本に、ラフカディオ・ハーンの言葉を介して、身を委ねるという読書だ。いまはもうどこにもない日本が、言葉でだけは残っている。その日本のなかをさまよって呆然となるのは、単なる一興を越えている。

 もはやどこにもない日本のさらなる一例は、キャサリン・サンソムが書いた『東京に暮す』(岩波文庫 一九九四)の背景となった、一九二八年から一九三六年までの東京だ。帯の袖にある宣伝文句では、「昭和初期の東京の街と人々の暮しを軽妙な筆致で描いた日本印象記」だという。この一冊も存分にさまよえる。

 どこにもないけれど言葉のなかにだけはいまもある日本を、さらに二冊の文庫本でさまようことにしたい。この二冊は数年前に下北沢の古書店で手に入れた。店の前の、ほとんど道ばたと言っていい場所に小さな本棚が出してあり、そこに文庫本が詰まっていた。どれでも一冊百円だった。『上田敏全訳詩集』(岩波文庫 一九六二)と、島崎藤村の『嵐 他二篇』(岩波文庫 一九五六)の二冊を僕は買った。わずか二百円でこんなものが自分のものになるとは。

『本の雑誌』増刊2016年12月

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2020年3月12日 06:28
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