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それはいまもこの黄色なのか

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 二十代の前半から後半にかけての数年間、キャンベルの缶詰スープをしばしば食べた、という記憶がかすかにある。主として朝食だったと思う。自分で買っていたのは確かだが、それがどこだったか思い出せない。僕ひとりでどこかへ買いにいき、紙に印刷されたあの赤と白のレイベルを巻いた缶に、僕は手をのばしていたのだ。赤い色に手をのばしたのか。赤い色には楽しげな安堵感があるではないか。それとも白い色のすっきりとした無駄のなさに、惹かれるものがあったのか。あるいは、キャンベルズと書いた英文字の書体に、吸引力があったのか。

 いろんな種類があったと思うが、僕はなにを食べていたのか。かたっぱしからまんべんなく、という食べかたをしたかもしれない。一九四三年十月二十五日号の『ライフ』に掲載されたキャンベルの広告によれば、この当時ですでに次のような種類があった。列挙してみよう。アスパラガス。豆とベーコン。ビーフ。ブラック・ビーン。ブイヨン。チキン。チキン・ガンボ。チキン・ヌードル。クラム・チャウダー。コンソメ。グリーン・ピー。モック・タートル。マッシュルーム。クリーム・オヴ・オックス・テイル。ペパー・ポット。トマト。野菜。菜食野菜。野菜ビーフ。

 一ページのぜんたいを占めているこの広告の下半分は、ボディ・コピーその他の文字で埋まっている。上半分には食卓に供されたキャンベルのスープが、カラー印刷で大きく掲載してある。チキン・スープだ。缶のレイベルにはチキン・スープとあるだけだが、人差し指の第一関節の半分ほどの大きさのチキン・ミートが、二十片ほどは入っていたようだ。そしてさらには、食べる人が退屈しないように、米も入っていた。長さのある米だ。チキン・スープ・ウィズ・ライスなのだ。

 スープの入っている皿は、大小の二枚が重なっている。縁からほんの少しだけ入った位置に、淡いブルーで適正な幅に、縁取りがしてある。そしてその皿は太い糸でざっくり編んだような、布製のプレース・マットの上にある。皿の左にフォーク、右にはスプーンがふたつ。フォークのさらに左にあるのは、木製のボウルに盛りつけたサラダだ。レタス、茹でたさやいんげん、おなじく茹でた人参を輪切りにしたもの。スープ皿の向こうにはサンドイッチの皿がある。トーストしたパンにはさんであるのは、スクランブルした卵を主たる材料とした具だ。その右隣にガラスの小皿がある。黒く見えるなにかが入っている。なにだかわからない。ブラック・ビーンだろうか。

 これが一九四三年十月の、キャンベルのチキン・スープを主役とした夕食の一例だ。一九四三年の日本は、ニューギニアで日本軍が全滅していた。ガダルカナル島から撤退し、連合艦隊の司令長官、山本五十六がソロモン上空で米軍機に撃墜されて戦死した。アッツ島、マキン島、タラワ島などでも、日本軍は全滅した。十月の国内では、徴兵の猶予を停止された学生たち七万人が、神宮外苑競技場を行進した。戦場へと出ていく学生たちの、壮行会だった。

 キャンベルの広告にカラー印刷で掲載されているチキン・スープからは、白い湯気が魅力的に立ち昇っていることに、僕は気づいた。この写真が撮影されたとき、実際にスープから上がっていた湯気ではなく、出来上がった写真にあとから加えたものだ。薄い透明なフィルムに、エア・ブラシを使って白い絵の具で描いた湯気だ。それをスープの写真の上に重ねたのだ。これがあるとないとでは、スープの写真がそれを見る人にあたえるおいしさの印象が、大きく違ってくる。

 良く出来たチキンを材料に使って、時間をかけて抽出したチキン・ブロスであることを訴えかけるための工夫は、ほかにもあるだろう。スープの表面には魅力的に油が浮かんでいて、視覚的食欲をそそっている。それになんと言っても、スープのこの黄色が素晴らしい、と言っておきたい。良質のチキン・ブロスは確かに淡く黄色をしているけれど、これほどではないだろう、と僕は思う。アメリカにおけるチキン・スープは、少なくとも視覚的には、このような黄色ではないことには、人々の気持ちは納まらないのだ。

 六十年近く前のこの広告に、いろんな意味で刺激された僕は、スーパーでキャンベルの缶詰スープの棚の前に立ってみた。チキン・スープは、そこにはなかった。だがチキン・ヌードル・スープはあったので、それを買ってみた。いま僕の手のなかにある。紙に印刷したレイベルが缶に巻いてある様子は昔のままだ。手のなかに収まる大きさ、そして三百五グラムという重さが、ちょうどいい。紙レイベルを巻きつけた缶の感触も捨てがたい。手に持っていると、なんとなく安心感がある。このチキン・ヌードル・スープに好みのサンドイッチを添えれば、食べて楽しい食事が五分で出来上がる、などとレイベルに印刷してある。サンドイッチらしきものを添えたチキン・ヌードル・スープの写真がそこにあるのを見た僕は、ああ、いまでもこの黄色なのだ、と頭のなかで声を上げた。六十年ほど前の『ライフ』に掲載された広告のなかのチキン・スープの黄色と、つい数日前に東京のスーパーで買って来た缶詰に印刷されているチキン・ヌードル・スープの黄色とが、まったくおなじであるのを僕は発見した。

底本:『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』NHK出版 2005年


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2020年5月11日 07:00
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