アイキャッチ画像

彼の後輪が滑った──13(秋〜冬)

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 高架の高速道路の上は、不思議な世界だ。都会の内部に密集している建物のあいだを、地面でもなければ上空でもない、その中間の微妙な高さにおいて、ほとんどなんの理由もなしに起伏し、蛇行している。そして、強引に前方へとのびていく。

 夜、ビルディングの角をかすめるようにして、登り坂の左カーヴを抜けていく。車体が傾ききって、後輪が軽く滑る。回復は充分に可能だが、滑ったその瞬間は、やはりあっと思う。

 前方に高くあるふたつの建物が黒いシルエットになっていて、その建物のあいだから、昇りはじめたばかりの、不気味に大きなオレンジ色の満月が、さらに上へ出て行こうとしている。滑った瞬間、その月をぼくは見る。そして、その月を、左下から右上にかけて、斜めに、ジェット旅客機が、くっきりとシルエットになって、上昇していく。

 西陽の時間の峠道をなんの脈絡もなく、思い出す。つづら折りのその道路をオートバイで走っていると、走る方向が西になるたびに、正面からまぶしく西陽がぼくを直射した。陽が沈むまで、何度もカーヴを曲がった。西にむくたびに、目のまえにある視界ぜんたいが、明るく燃えていた。

 落ち葉の季節に体験したことを、ぼくは思い出す。

 道路の両側に落葉樹がびっしりとあり、その樹から落ちた無数の葉は、道路を完全に埋めていた。重なりあった落ち葉のあいだに水が閉じこめられていると、ひどく滑る。しかし、そのときの落ち葉は、からからに乾いていた。

 ぼくが走っていく正面に、西陽があった。うしろから風が強く吹いた。分厚く強いその風は、ぼくの背中を押した。道路の落ち葉が、うしろからひとかたまりになって路面の上を飛び、ぼくを追いこし、前方へ移動していった。たいへんな量の落ち葉が、風にあと押しされ、いっせいに移動していく。びっくりするほどの音がうしろからやって来て、ぼくとならび、すぐにぼくを追い抜いていった。

 道路の幅ぜんたいが、ぼくの目のまえで、風によってきれいに掃ききよめられた。吹いていく風にすべてからめとられ、落ち葉はぜんたいでひとつになり、むこうへ、そしてさらにむこうへと、移動した。路面が、ぼくひとりのために、あらわになった。

 あらわになった路面が、前方へ二百メートルほどのびてから、風はその方向を変化させた。路面のすぐ上をひとかたまりに移動していた無数の落ち葉は、いっせいに高くまきあげられた。空いちめんに高く舞いあがり、西陽はさえぎられ、暗くなった。そして、舞いあがった落ち葉の大群は、ぼくにむけてひき返しはじめた。無数の落ち葉は、分厚い一枚のシートとしてつながったかのように、空にむけて高く立ちあがり、そこからぼくのほうにむけておもむろに戻ってきた。

 上空はさらに暗くなり、ぼくはそのままオートバイで進んでいった。落ち葉の大群は、空をふさいでひき返してくる。正面から強い風がぼくに当たり、落ち葉の群はぼくの頭の上わずか数メートルのところを、後方へ飛んでいった。

 このときも、空中でおたがいに触れ合う落ち葉の音が、すさまじかった。ぼくは思わず首をすくめたほどだ。高く舞いあがれなかった落ち葉たちが、ぼくやオートバイにたくさん衝突し、そのつど、乾いた音を立てた。ヘルメットやシールドに当たるときの音を、ぼくは高架の高速道路を夜おそく走りながら、思い出す。落ち葉の大群はうしろへ飛び去り、再び西陽がぼくの目のまえにあった。その明るさが、うれしかった。

 雨の日にカーヴの入口で転倒したことを、ぼくは思い出す。このときも、ぼくはひとりだった。転倒を見ている人は、いなかった。軽い雨だった。濡れた路面は、その雨に、しっとりと濡れていた。

 その濡れた上を、転倒して投げ出されたぼくの体は、滑った。滑りきって、道路の縁に起きあがり、ぼくはふりかえった。自分の滑って来た跡が、濡れた路面に残っていた。ぼくの滑った軌跡だけは、雨がきれいに拭われていた。カーヴを、ぼくは、アウト・イン・アウトで滑っていた。道路の縁にすわったままその跡を見ていると、すぐに雨がその跡を消した。

『個人的な雑誌1』角川文庫 1987年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』太田出版 1996年


1987年 1996年 『個人的な雑誌1』 エッセイ・コレクション オートバイ 片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』
2016年12月14日 05:30
サポータ募集中