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かあちゃん、腹へったよう

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 日本におけるケチャップの運命をたどるとき、立ち寄らずにすませることのできないもののひとつは、チキンライスだ。ごく普通の家庭でのチキンライスについて、考えてみたい。

 食事の時間ではないときに、「かあちゃん、腹へったよう」と、十歳の子供が母親に言ったとして、その子供が僕なら、僕の母親はけっして返事をせず、すべてを無視した。なぜなら僕の母親はかあちゃんではなく、お母さんだったから。

 早くもお腹を空かせた子供に、優しいかあちゃんはチキンライスを作ることを思いつく。ご飯の残りがあったからだ。時代をいつに設定するかは大きな問題だ。遠く過ぎ去って二度と戻っては来ない、あの懐かしいチキンライスをということなら、一九五三年(昭和二十八年)に僕は設定したい。僕の考えそして体感では、一九四五年の敗戦の翌日から一九五三年までが古き佳き日本で、それ以後は悪しき様相が日ごとに更新され続ける、それまでとはまったく異質の日本へと、突進を始めたからだ。

 この年、一九五三年、NHKは大相撲のTV中継を開始し、街頭テレビというものが人々の人気を集めた。蛍光灯が家庭に普及しはじめ、インスタント食品のはしりであるスープが森永から発売された。だからお母さんとしては、このインスタント・スープを作るだけでもよかったのだが。フライパンにバター、もしそれがなければ食用油のなにでもいいからほどよく入れ、ガス台にかけて熱くし、玉葱を炒める。玉葱がなければ、それはなくてもかまわない。前の年、一九五二年の日本では、魚肉ソーセージが発売され、庶民生活のなかへいっきに受け入れられた。この魚肉ソーセージならあるだろうということにして、それをほどよい大きさにダイス切りにし、フライパンである程度まで炒める。そこにご飯を加えてさらに炒め、最後にケチャップを加えて少しだけ炒める。お母さんはケチャップを瓶からフライパンへ直接に入れるのだが、適量は大さじ一杯くらいだと、経験をとおして知っている。チキンライスの作りかたが、庶民の母たちに共通する基礎体験と知識だった時代が、日本にはあった。

 ケチャップの量が多すぎると、味はいきどまり感を強める。少ないとぜんたいが頼りなく、つまらない。炒めはじめからケチャップを入れると、出来上がる頃には味が変わってきつくなる。ケチャップだけで味と香りそして色がつくから、塩や胡椒は無理することない。チキンライスやオムライスの作りかたを本で見ると、ご飯を炒めるにあたって、「そして最後にケチャップを入れる」と書いてあることが多い。字面どおりに解釈して、とにかくいつもケチャップを最後に加える、という方針を固定させるだけでもいいのだが、ケチャップを加えるタイミングを間違えるな、と解釈しておくと、タイミングという広い問題のなかでとらえることが可能になる。

 お母さんのチキンライスはたちまち出来上がる。金属製の型に入れて皿の上に抜く、などということをしなくても、皿に盛ってへらでそれらしく形を整えれば、腹を空かした子供は柄のかすかに曲がったスプーンを逆手に持って、飛んで来る。チキンの代わりに魚肉ソーセージを使ったとしても、お母さんの気持ちとしてはチキンライスなのだが、具がなにであれ、あるいは具はなにもなくただ残りご飯をケチャップで炒めただけにせよ、さまざまにありえるヴァリエーションを総称して、ケチャップ炒めご飯、と呼びたいと僕は思う。

 このようなケチャップ炒めご飯の情景がおそらく無数にあったはずの過去を、想像のなかにほんのひとつ再現させるだけでも、日本の庶民家庭におけるケチャップの基本的な性格ないしは立場が、あらわになる。ケチャップはもともと恐ろしいまでに庶民的なものだと僕は思う。偉大なる庶民の国アメリカで発案され、商品として送り出されるやたちまちあの国土の隅々までいきわたり、大量に消費され続けて現在に至っている。これまでにアメリカで消費されたケチャップの総容積は、とてつもない数字になるはずだ。ケチャップとは、アメリカでも日本でも、手早く間に合わせるためのものだ。少なくとも庶民的な状況のなかではそうだ。子供が喜ぶという側面は、好ましいおまけのようなものだと思えばいい。

 金属製の蓋を三回転ほどさせて瓶からはずし、瓶のなかにあるケチャップを大さじに一、二杯取り出すだけで間に合うのだから、ケチャップがいかに完成度の高いものであるか、認識を新たにすることができる。あまりにも完成されているから、これ以上にはどこへもいき場はないし、いまの状態を超えることもできない。下手に使えば、つまり量が多すぎたり加えるタイミングが間違っていたりすると、完成された味や香りというものが基本的に持つ強さが、食べる人の味覚の前に立ちはだかり、逃げ場がなくなる。白いご飯のような、他のものとの親和性が高く広く、許容度の幅の大きなものが相手であっても、多すぎたケチャップはどうなるものでもない。

 ケチャップそのものに手を加えることも、ほとんど不可能に近い。僕がよくやるように、ペパー・ソースを充分に加えてホット・ソースにすることくらいしか、道はないように思う。マヨネーズやマスタード、細かく刻んだピクルズなどを加えてかき混ぜ、きわめて即席のディップを作ったりするのはケチャップの利用例であり、ケチャップそのものに手を加える例ではないと思う。グラス一杯の水に最適量のケチャップを落としこみ、よくかき混ぜて溶かし、ぐっとあおるように飲めばそれはトマト・ジュースだ、そこへウォッカを加えればブラディ・メリーだという説があるが、僕はまだ試みていない。

 お母さんが急いで作るチキンライスを店の料理にしたものがオムライスだ、という意見を人から聞かされたことがあるが、これは正しいかどうか。店の料理にするとは、お母さんとは比較にならないほどに手間をかける、ということだろう。手間をかけるとは、使う材料が多いことを意味する。材料が多ければ、調理の手順が増えるだけではなく、各素材の調和やバランスをはかるための工夫が、さまざまに必要になってくる、ということでもある。こうしたことすべてがうまくいった結果として、店の料理、つまり優雅だったり上品だったりする料理が、テーブル・クロスの上にあらわれることになる。

 一九五二年の日本にあったのは、ごく簡単な作りのオムライスだったろう。ハムを小さく切ったものと玉葱をバターであるところまで炒め、そこヘご飯を加えて炒め、最後にケチャップを加えて少しだけ炒める。ケチャップ炒めご飯の典型だが、この程度のほうがじつはおいしい。これにグリーンピーズを散らし、単なる薄焼き卵で、ケチャップ炒めご飯をくるむ。まんなかがふくらんで両端がとがったような楕円形にくるむ。このくらいなら、休みの日に家族で外出し、百貨店の食堂で食べるオムライスとして、ごく普通にありえた。

 庶民のお母さんが手早く作るチキンライスでも、洋食店の白いクロスのかかったテーブルで食べる特別な機会のオムライスでも、卵を調理したものによってほぼぜんたいがくるまれている。子供の手に握られたスプーンが、卵の黄色い膜を切り分けると、そこになかからあらわれるのは赤いケチャップ炒めご飯だ。自分の皿の上に発生するこのような光景を視覚でとらえる子供の頭のなかには、うれしさという心理的な反応が生まれる。

 黄色い外側をスプーンで破ると、赤い色があらわれる。スプーンという道具じたいがそもそも非日常であり、この場合の非日常性は、うれしさの背景を構成する小道具のひとつとして機能した。炒めたご飯の赤い色はケチャップによるものであり、そのケチャップは日本のものではないことくらい、一九五二年の子供とはいえ、承知していたはずだと僕は推測する。身のまわりにいろいろとある日本のものとは、区別して認識していたと思いたい。ケチャップの赤い色、甘酸っぱいような味、正体をつきとめることのできない香りなどは、日本のものではないからこそ、楽しくて洒落たもの、つまりいつもの日常からは、少しだけにせよ確実に浮き上がったものだったろう。

 一九五二年の日本で夏の畑に実って赤くなったトマトの味や香りを、瓶のなかのケチャップに確認するのは難しかったはずだ、という意見があるなら僕はそれに賛成する。一九五二年の日本の子供たちも、意見を求めればほぼおなじような意見だったのではないか。お母さんが使ったケチャップがたまたま日本製のものであったとしても、オリジンだけではなくその存在のぜんたいが、日本のものではなく、畑に熟する夏のトマトという現実を超えて、別の世界のものだという認識を、いかにおぼろげにではあっても、子供たちは感じていなかったか。

 ケチャップはファンタジーだ。チキンライスやオムライスが子供の心をうれしくさせるなら、うれしくさせる力をもっとも強く発揮するのは、ファンタジーとしてのケチャップだと僕は判断している。けっして単純でも単調でもない、よく見れば複雑に濃厚な様相をたたえた、あの赤い色。口に入れたとたん、反射的にトマトを思うのはおそらく不可能なほどに、トマトとは別の次元に到達している、甘さのなかに妙な酸味を感じさせる、おそらくは唯一無二の個性的な味と香り。そして瓶から出したときの、いわく言いがたい粘性と流動性、そしてそれらをおおう表面の、けっして滑らかに平らではない感触。

 この森のなかに入ってはいけない、と昔から言い伝えられている森のなかへ、どこまでも深く分け入ると、通常の時間や空間の感覚が役に立たなくなりはじめるあたりに、お伽の国がある。無数のファンタジーが重なりあってはうねる、一筋縄ではいかない世界だ。このファンタジー・ランドのどこかに怪しい館があり、その館の台所で魔女が、大きな釜でぐつぐつと煮立てながら、長い柄のついたスパチュラでかきまわしているのが、ケチャップだ。かきまわしながら魔女はひとりで奇声をあげる。その奇声が釜のなかのケチャップに乗り移り、釜のなかからさながらエコーのように魔女の笑い声が返ってくるようになると、釜のなかで煮立つシークレット・ソースは完成だ。

 ケチャップとは、比喩で語るなら、こういうものなのだ。これが大量生産されてガラスの瓶に詰められ、一九五三年の日本ですでに、全国へと出荷されて庶民の手に渡っていた。お母さんはこの瓶をひょいと棚から手に取り、蓋をねじってはずし、なかから大匙に一杯、二杯取り出し、まぶしたり和えたり、あるいは場合によっては上から垂らしたり塗ったりするだけで、その時その場での必要を完全に満たすことができた。ケチャップというファンタジーの完成度は、それほどに高い。

底本:『ナポリへの道』東京書籍 2008年


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2020年9月4日 07:00
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