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『ピーナッツ』を語る 一生もののつきあい

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『ピーナッツ』の連載が始まったのは一九五〇年十月二日だったという。アメリカ各地の七つの新聞に、『ピーナッツ』のコミック・ストリップが連載で掲載された。作者のチャールズ・M・シュルツから原画を受け取った配信会社が、全米各地としか言いようのないあちこちの新聞社に営業し、連載を売り込んだからだ。約五十年後の一九九九年には二六〇〇紙をこえる新聞が『ピーナッツ』を連載で掲載していた。

 当時の東京で購入することの出来た英語の新聞は、『ピーナッツ』の連載開始がやや遅れたような記憶があるが、僕の記憶はまったく当てにならない。僕がまだ子供だった頃であることは確かだ。なぜなら僕は『ピーナッツ』の第一回から、チャーリー・ブラウンやルーシー、ライナス、それにスヌーピーたちの熱心な読者となり、毎日切り抜いてスクラップブックに貼ることを始めたからだ。三年くらいは続いただろうか。スクラップブックの数はかなりのものになった。

 アメリカで『ピーナッツ』の全集が完結している。連載の第一回から最終回まで一回も抜けることなく、日曜版も含めて、すべての作品が収録されている。全二十六巻を本棚にならべた様子は壮観だと言うならそう言ってもいい。読むだけでライフワークですね、と言う人がいるが、その気になれば一日に三冊は楽に読めるから、けっしてライフワークとはならない。しかしチャーリー・ブラウンたちとのつきあいは、一生のものになりそうな気配がある。この全集を最初から読んでいくなら、子供だった僕がどこから『ピーナッツ』を読み始めたのか、はっきりするはずだ。この回から読んだ、という指摘はいまでも正確に出来るはずだから。しかしまだ読んではいない。チャールズ・M・シュルツは第二十五巻のちょうどまんなかあたりで亡くなった。『ピーナッツ』のいちばん最後から、僕は読んでいる。すべての作品を収録した全集が完結すると、このような読みかたも可能になるからだ。

『ピーナッツ』という題名を、作者は好まなかったようだ。連載を読み始めた僕も、この題名にはほんの少しだが、妙な感じを持った。この妙な感じは、いまでもときたまよみがえる。大学生の頃から神保町を根拠地のようにして、僕はフリーランスのライターの仕事をした。仕事は多忙だったが、週に二日はいきつけの古書店の客となり、アメリカのペイパーバックを古書でたくさん買っていた。まだ持っていないもの、初めて目にするものなどは、基本的にすべて買うという方針だった。

 漫画もずいぶん買った。そのなかに、『ピーナッツ』を始めてまもない頃にシュルツが描いたカートゥーンを集めたものがあった。十代の男女たちを主人公にした、ひとこま漫画集だ。いまでも持っている。探せば見つかるはずだ。これはかなり貴重なのではないか。『ピーナッツによる福音書』も当時のペイパーバックで持っている。

 クレストというペイパーバックの叢書があり、ここはチャーリー・ブラウンを何冊も刊行した。『ピーナッツ』のストリップを適当に集め、おなじく適当に編集部が題名をつけたものだ。これが何冊も次から次へと刊行された。まだ持っていないものを見つけるとかならず購入し、神保町の喫茶店で注文した珈琲は冷えるままに、僕はチャーリー・ブラウンにしばし読みふけった。「あなたはそんな漫画を読む人なの?」と、顔見知りの美人ウエイトレスが、軽蔑を限度いっぱいに込めて言ったのを、いまでも覚えている。このときからチャーリー・ブラウンは僕の分身となったような気がする。

 分身と言えば、チャーリー・ブラウンがいつも身につけているジグザグ模様の半袖のポロシャツが、忘れがたい。あのシャツがあまりにも気に入った僕は、襟先の尖った半袖の白いポロシャツを下北沢のスポーツ用品の店で見つけ、ジグザグ模様を近所に住んでいた年上の女性に、ミシンで縫いつけてもらった。彼女は洋裁の学校に通っていた。ジグザグは僕の好みで赤にした。赤い布をジグザグに切り、白いポロシャツの胸に縫いつけたのだ。

 きれいに赤いジグザグを縫いつけた、見事な白いポロシャツが出来上がった。これを着て、まだ高校生の僕は、三軒茶屋まで歩いた。いまでもある太子堂の横断歩道を渡ろうとして信号が変わるのを待っていたら、お母さんと手をつないだ五歳くらいの女の子が、横断歩道の向かい側から僕を指さし、面白そうに笑った。このときの彼女の笑い声もときどき思い出す。このポロシャツを洗濯機で洗ったら、赤いジグザグは盛大に色落ちし、白いポロシャツぜんたいがピンクになった。あれはグッド・グリーフだったと、片仮名で書いておこう。

 いま僕は『ピーナッツ』の日めくりカレンダーを使っている。デスクの左端の奥に置いてある。斜めに立つその角度がじつにいい。月曜日から金曜日まで、一日一ページで、基本的には四こまのストリップがひとつ、掲載してある。土曜日と日曜日は共通の一ページだ。過去のシュルツの作品から任意の一年を選んでその年の日めくりとしたものに、着色だけが新たにおこなわれている。

 ライナスが両足を投げ出してフロアにすわり、片ほうの手でブランケットを顔に当てるかのように持ち、もういっぽうの手は親指を口に入れ、目を閉じている。ライナスといえば多くの人がこのような状態の彼を思い浮かべるだろう。あの親指はどんな味だろうか、と何年か前に僕はふと思った。思いはしたけれど、そのまま忘れてしまった。

 このポーズで至福の状態でいるライナスの全身像を描いたチャールズ・M・シュルツは、親指は常温がいちばんおいしい、というひと言を、ライナスを描いたその絵に添えた。そうだったか、と僕は思った。その思いには充分な満足感があった。常温は室温と言ってもいい。シュルツは、そう書いている。room temperature つまり室温の親指だ。『ピーナッツ』というひと言から連想する数多くの言葉に、「室温の親指」が加わったのは、じつにうれしい。

『完全版ピーナッツ全集19』(PEANUTS NEWSLETTER) 河出書房新社 2019年


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2020年6月25日 07:00
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