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『彼のオートバイ、彼女の島 2』

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 一九八六年の三月の刊行で、僕は『彼のオートバイ、彼女の島 2』という文庫を、角川文庫に書き下ろしている。これがどのような試みであるのかについて、僕はまえがきで簡単に書いている。その全文を採録する。このような試みは、内容はともかくかたちだけを採り上げても、驚きに値するのではないだろうか。自分がかつて書いた小説を原作のようにして、頭のなかで一本の映画を作り、それをおなじく頭のなかで上映し、スクリーンに映し出されていくのをそのまま描写して一編の中編小説とする、という試みだ。

 文庫の量販体制のなかで、とにかく新刊を次々に出していくという、一種のどさくさのなかでは、このようなことがなんの抵抗も受けることなく、許されたらしい。しかし、頭のなかで僕が作ったその映画は、残念なことにまったくたいしたことない。若い彼と彼女の夏が、ほどよく楽しげに、夢のように経過していくだけだ。もう少しなんとかならなかったものか、といまの僕は思う。一本の想像上の映画を、スクリーンに映し出されるままに描写していくという、奇妙に間接的な技法は、まったく別の、しかもその技法にふさわしい内容で、もう一度試してみよう。まえがきに続けて、『彼のオートバイ、彼女の島2』という映画の導入部だけ、採録しておきたい。


 

彼のオートバイ、彼女の島2

まえがき

 はじめから終わりまで、すべてが間接的に描かれていくストーリー、というものを書いてみたいと、ぼくは以前から思っていた。間接的に描くための技法はいくつもありうると思うが、たとえば、スクリーンに映し出される一本の映画を、スクリーン上に観ることが出来るそのままに描写していくというやりかたは、うまくいけばきっと面白いにちがいないと、ぼくは思った。

 ぼくの頭のなかに一本の映画が出来ていて、その映画がやはりぼくの頭のなかにあるスクリーンに映写されていくのを、そのままはじめから描写していくことによって出来あがるストーリー、という試みについて考えているうちに、かつて自分が書いた小説をその想像上の映画の原作にしてみたらどんなだろうかと、ひとつのアイディアをぼくは得た。

 そのアイディアを実行してみた結果が、ここにある。原作には、『彼のオートバイ、彼女の島』を選んでみた。この小説は、一九七六年にぼくが書いたものだ。書いてから十年も経過していれば、第三者的な気持で自分の小説を原作として扱うことは、充分に可能だ。ひとつの小説のなかから、一本の架空の映画をひっぱり出してくる作業は、すくなくともぼくにとっては、たいへんに楽しい作業だった。なにしろ想像上の映画だから、どんなに微妙なシーンでも、たちどころに思ったとおりに「撮影」出来てしまうのだから。

 その画面の、縦と横との比率は、視角的にたいへん心地よい。画面とむきあう人が、心理上のほどよい距離をとったうえで気持をその画面に対しておだやかに集中させるなら、その人の視界は、その画面によってちょうどいっぱいとなる。

 その人のまわりは暗く、椅子にすわっているその人は、画面だけをただ見ていれば、それでいい。画面を見ているあいだ、その人は、視覚だけとなる。画面のなかの世界が、その人にとって、すべてとなる。画面を見つづけることは、画面のなかにいつのまにか入っていくことなのだ。

 その画面いっぱいに、空が映っている。気持の良い空だ。横長の画面によって切りとられた空だが、見た瞬間、画面以上の広がりをはっきりと感じる。画面の奥にむかって、そして、画面のフレームをたやすく越えて、視線は快適に遠くまでのびていく。

 空は夏の空だ。見たとたん、そのことはすぐにわかる。きれいに洗い落としたようなブルーの空に、雲が浮かんでいる。積雲だ。ごく一般的な積雲だが、形はとてもいい。底は、平らだ。横へまっすぐに線を引いて画したように、くっきりと平らになっている。底の部分の色は、すこし濃いめの灰色だ。その平らな底を空中の土台にして、夏の積雲は、青い空にむけて、複雑な形で、白く大きく、わきあがっている。

 雲の頂上まで、距離は三〇〇〇メートルほどだろう。底は濃いめの灰色であり、地表に対して平行になった部分はくすんだ灰色だが、そのほかの複雑に造形されたぜんたいは、太陽の光を受けとめて、いまにも燃えたつのではないかと思うほどにまぶしく、まっ白に輝いている。そのまばゆい白さと、空の深いブルーとの対比は、空を見上げてながめているだけで、そのながめる人を幸せな気持にしてくれる。

 今日は、早朝は雨だった。梅雨の雨、という印象が、その雨にはまだ強くあった。正午近くになって、雨は、いったんあがった。強い陽ざしがあらゆるもののうえに鮮明に降り注ぎ、その陽ざしを受けとめたものはすべて、くっきりとした濃いシャドーを手に入れた。午後から、再び、雨となった。その雨からは、梅雨の雨という印象は、遠のいていた。ごく普通の雨だった。その雨がついさっき、あがった。梅雨は、そのとき、終わった。明日は、梅雨明け初日の、盛夏の晴天となるはずだ。

 画面には、空がいまもある。画面をとらえているカメラは、すこしずつ移動しているようだ。空中に雄大に浮かんで横につらなっている積雲を、その形のとおり、横へ追いかけている。雲の平らな底を、視線はかいくぐり、遠くへのびていく。画面の下の縁からほんのすこしだけ顔を出すようにして、おだやかな山なみが、微妙にくすんだ色のシルエットとして、見えている。

 音楽は、なにも聞こえていない。物音も、ない。しかし、どこかに、なにかの音があるように思える。吹いていく風の、かすかな音とか、あるいは、その風に動く落葉樹の、緑したたるような葉の、おたがいに触れあうときの音とか。

 画面を見ている人にはほとんど気づかれることなく、カメラは、下降しつつある。画面がとらえている空の高度が、低くなってきている。画面の下のフレーム、中央から、一本の大きな樹の頂上が、あらわれはじめている。

 巨大な樹だということは、その頂上を見ただけでも、察することが出来る。落葉樹だ。さきほどあがったばかりの雨の滴を宿して、びっしりと重なりあっている緑の葉は、まだ濡れている。葉のひとつひとつが、雨水の薄い膜におおわれているから、太陽の光をいつもとはちがった輝きかたで、反射させている。無数に近くある葉が、おたがいにその動きを連動させているかのように輝くそのテンポは、じつはその樹にむかって吹いて来て、吹きぬけていく風のスピードなのだ。

 カメラは、いつのまにか、その樹にトラック・アップしている。あるいは、巧みに、ズーム・インしている。いまでは、画面ぜんたいが、その樹のアップによって、埋まっている。雨滴に濡れた無数の葉にカメラが触れてしまうような至近距離を、カメラは静かに下がっていく。

 その樹の高さは、二〇メートル近くあるだろう。大人が何人か手をつなぎあい、腕をいっぱいにのばしてようやく、その太い幹をひとまわりにかかえることが出来る。地上から二メートルほどのところから、幹は何本にも分かれて、空にむけてのびていく。その何本もの枝が、それぞれに長さをきわめると、すこし離れたところから見たとき、その樹ぜんたいは、たいへんに安定感のある、大樹らしく形を整えた、美しい樹として完成する。この樹は、すでに、完成している。

 葉にとまっている、いくつもの雨滴が、画面のいたるところに見える。カメラは、樹の幹にそって、いまもまだゆっくりと、垂直に下りていきつつある。

 いちばん下の、太い枝が、画面の下を、堂々と横切っていく。その枝から、さらに細い枝が何本も出ている。それぞれに葉をたたえた何本かのそのような枝が、優しいカーヴを描いて、地面にむかって垂れている。枝とその葉は、ガラスに軽く接している。一台の自動車の、正面のウインド・シールドだ。

 枝も葉も、そしてウインド・シールドも、雨の滴で濡れている。横長の画面いっぱいに、そのウインド・シールドが、アップになる。ガラスに対する光の量や角度が微妙であるため、ガラスの内側、つまりその自動車の内部は、見えない。

 突然、おだやかなスピードで、しかし充分に力強く、ワイパーが動く。広いガラスの曲面の上を、ワイパーのブレードは、二度、往復する。ガラスの上にいくつもとまっていた雨滴は、くっきりときれいに、扇の形に拭い去られる。

 そのぬぐい去られたあとへ、画面の上下中央、やや左に寄ったところから、左から右へ、赤い小さな文字で、タイトルが出る。華やかではあるが、深みを持ってくすんでいるがゆえにしっとりと落ち着いた雰囲気を得ている、きれいな赤い文字だ。

『彼のオートバイ、彼女の島』

 タイトルは、このように出る。

 自動車のエンジンが、始動する。その音が、画面いっぱいに、広がる。現実の始動音を、聴覚に心地よいように加工してある音だ。V8の5800CCのエンジンが、なんの苦もなく発揮してみせる、強大なトルクを、始動音のなかにも、はっきりと聞きとることが出来る。

 自動車は、おもむろに、こちらにむけて発進する。フードに立っているアンテナの先端が枝の葉に触れ、前後に揺れる。いくつもの濡れた葉が、自動車の屋根を撫でる。自動車は、カメラをすれすれにかすめつつ、画面を見ている人の左にむけて、動いていく。ボディの側面が、陽ざしにきらめく。車体の色は、深い艶のある濃紺だということが、その一瞬、わかる。カメラは、動かない。自動車はフレーム・アウトし、エンジン音は急速に小さくなる。カメラは、大きな樹のいちばん下の枝のさらに下を、視線でかいくぐるようにして、遠くの山なみとその上に広がる青い空をとらえている。枝にそって、その枝と平行に、空をバックにクレディットがでる。さきほどのタイトルとおなじ、きれいな赤の小さな文字で、この映画の制作者の名前が出る。

 画面のなかを、路面が上から下へと、流れていく。流れるスピードは、たいへんに快適である。アスファルト舗装の路面は、あがってまだ間のない雨に湿っている。乾いているときとはまったくちがった、落ち着きのある黒い路面が、上から下へ、流れる。現実の走行音を加工しなおした音が、ここでも画面と調和を保って、添っている。

 画面の下のフレームから、画面の横幅いっぱいに、平たい金属製のものが、フレーム・インしてくる。画面の上にむけて、それは、のびあがるように、面積を増していく。走っている自動車のエンジン・フードを、上空から真下にとらえたものであることが、すぐにわかる。走る自動車のすぐ上をヘリコプターで飛び、支柱の先端にとりつけたカメラを、機内からリモート・コントロールで自在に操って撮影したシークエンスだ。たいへんに美しい。

 ヘリコプターのスピードが、自動車のスピードよりもわずかずつ遅れていくことによって、画面の下からエンジン・フードが、画面の上にむけて、せりあがっていく。

 エンジン・フードの突端が、風を切っている。いくつか残っている雨滴が、風に押されて、きれいな濃紺に塗装されたフードの上を、すこしずつ後ろへと、つまり画面の下へと、移動していきつつある。その様子を見せてから、雨滴が後退したあとに、クレディットが一行、出る。主演女優の名前である。

 彼女の名前が消える頃には、画面のなかで占めるエンジン・フードの面積は、さきほどに比べると、すこしだけ増している。その、濃紺のフードの中央に、再び、名前が出る。主演女優の相手を務める若い新人男優の名前だ。彼の名前が消えると、空中のヘリコプターはさらにすこし後退していて、自動車の正面のウインド・シールドが、画面の中央に来ている。ウインド・シールドを、空中のカメラは、垂直に見下ろしている。そのガラスの上に、クレディットが一行ずつ、現れてはタイミングよく消えていく。

 やがてその自動車の屋根が画面をほぼいっぱいにふさぎ、その屋根に上から一行ずつプリントするように、クレディットが出ていく。屋根はクレディットでいっぱいになり、ヘリコプターがすこしずつ後退するにつれ、ロール・アップのような効果を発揮していく。画面の上から一行ずつフレーム・アウトしていくにつれ、屋根じたいがロール・アップしていき、その新たなスペースのなかに、赤い小さな文字で、クレディットが加えられていく。屋根に、空や雲が写り、ゆっくりと屋根の上を流れていく。

 クレディットは、終わりに近づいていく。屋根のうしろの縁が画面の下に現れ、ヘリコプターのスピードがさらにすこし遅れると、屋根は画面の上へいってしまい、画面の下には、再び路面が写る。路面は、下へ流れ去る。

 画面は、ふと、まっ暗となる。自動車は、トンネルに入ったのだ。走行音が、反響して増幅される。次の瞬間、カメラは、その自動車のテイル・ゲイトを、画面いっぱいにとらえている。赤いテイル・ランプが、画面の両端にある。その、ふたつのテイル・ランプにはさまれ、スペア・タイアをとりつけたいまは黒く見えるスペースに、クレディットの最後の部分が出てくる。そして、そのクレディットの最後の一行が、ふっとにじむように消えて、次の瞬間、自動車はトンネルの外に出ている。

『彼のオートバイ、彼女の島2』(1986年3月)(片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』1996年所収)

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2016年3月26日 05:30
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