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ひとりのバイク好きの思い入れ集

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 一九四六年のホンダAというオートバイからはじまって一九八三年のヤマハXT600Zテネレにいたるまで、じつに二百六台の日本のオートバイについての、「ひとりのバイク好きの思い入れ集」(著者自身の言葉)をぎっしりとつめこんだのが、この本『オートバイ・グラフィティ』だ。著者の心のなかになんらかのかたちでいまも残っている二百六台のオートバイのそれぞれが、その特徴や良さ、メカニズムの面白さ、雰囲気、使い勝手などをトータルにひとつにまとめてひと息で描き出したような独特な書き方によって、生き生きと描き出されている。ひとつひとつ読んでいくことが、オートバイの好きな人にとってはなんとも言えず楽しいものだということを、まず書いておこう。

 一九四六年から一九五五年まで。一九五六年から一九六〇年まで。一九六一年から一九六五年まで。一九六六年から一九七四年まで。一九七五年から一九八三年まで。三十七年間が以上の五つのブロックに分けてあり、そのブロックごとに、みじかい通史がつけてある。その当時の日本がどのような社会状態であったかということに関する記述が、いつのまにかごく自然に、当時の日本のオートバイ状況の描出へとかわっていき、なるほど、この時代はこんなふうだったのかと、勉強できるしかけになっている。この勉強もまた、非常に楽しい。なにしろ著者が好きでしかも知り抜いている世界であるだけに、「思い入れ」にしては充分に冷静な部分が、読者にとっては勉強になる。

「ひとりのバイク好きの思い入れ集」と著者は言うけれど、著者が思い入れている世界のもっとも中心となる部分は、いろんなオートバイの一台一台が持っていたメカニズムであり、そのメカニズムの面白さであり、そのメカニズムがいかなる歴史の流れのなかでそのときに登場してきたか、というようなことなのだ。

 メカニズムのぜんたいからディテールにいたるまでを冷静に正しく見る目を著者は持ち、しかもメカニズムが大好きという熱い心をあわせ持っているから、できあがってくる文章は、読む人にとってはまずぜんたいとしてたいへんに快感的であり、ディテールのおさえ方がその快感の増し締めのようにぜんたいに対して作用している。このような快感が二百六台についてぎっしりとつまって一冊の本になっているのだから、うれしいことこのうえない。

 戦争に負け、たとえば東京はいちめんの焼け野原であり、国会議事堂のあたりに立つと東京湾までを見渡すことができたという時代に少年であった著者の中沖満氏は、大好きなメカニズムをイギリス兵の乗る軍用のBSA に見つけていた。「小さいときから、機械で動くものに興味を持っていたので、動く仕組を知るのにはシンプルな軍用オートバイは絶好の素材だったと今でもつくづく思っています」と、著者は、まえがきのようなみじかい文章のなかで書いている。

 このような著者による「思い入れ集」が、一九四六年のホンダAからはじまるのは、ごく自然のことだろう。自分はオートバイが好きだ、ともし言うのなら、その言葉のあかしとして、一九四六年のホンダAからの日本のオートバイの、メカニズムの歴史を、「思い入れ集」からぜひとも学んでほしい。

「自動車の生産が占領軍の厳しい管理下にあった一方で、二輪車の生産については特別な措置はとられなかった。そのために、軍用の小型発電機用エンジンを自転車に取りつけてバイクにする試みが地方都市ではじまった。

 さらに、組織を解体されたものの、多くの航空関係技術者が残った航空機メーカーは、内燃機関への愛着と情熱を捨てきれずに、長年にわたって蓄積した技術を小さなエンジンに向けはじめた。彼らの生涯のうちに空を飛ぶ飛行機の生産が許されることはないだろうと考えられた当時、小さなエンジンにかけた彼らの夢は、このあとで戦後のモーターサイクルのひとつの主流となるものを作り出してゆくことになるのである」

 きわめてなにげない客観的記述だが、著者の「思い入れ」はここからはじまるのだという事実に対する強い共感を、引用していてぼくははっきりと感じとることができる。ホンダAには、一九五〇年代の終わりちかく、少年の日にぼくも乗ったことがあり、そのときの大きな感銘は一馬カエンジンへの愛着となってぼくの気持ちのなかにいまでも残っている。

 著者・中沖満氏のオートバイに接するときの態度としてぼくがもっとも好きなのは、「そんなに速くコーナーに突っこむわけではないからアンチノーズダイブもいらないし、エンジンがダレルほど回さずに百キロも走れば一服したくなるからラジエーターも水もいりません」(あとがきより引用)というようなところだ。

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』太田出版 1996年

今日のリンク:『オートバイ・グラフィティ』中沖満・著、長沢 英夫・絵(ソニー出版、1985年)、ネット書店リンク先へ
オートバイグラフィティ160318


1996年 『オートバイ・グラフィティ』 オートバイ 戦後 片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』 社会
2016年3月18日 05:30
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