アイキャッチ画像

エルヴィスから始まった|あとがき

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

角川文庫版あとがき

 この本は、一九七〇年の夏のふた月ほどの期間をつかって、ぼくが書いた。そして、あくる年のはじめ、三一書房から刊行された。

 ぜんたいを書きはじめたとき、このような内容の本になることなど、思ってもいなかった。トータルな構成とか書きすすめる順番、あるいは、なにをどこにどんなふうに書くかなど、まったくなんの見当もつかないまま、ある種のいらだたしさにせきたてられて、即興的に書いていった。

 それは、快適な作業だった。なぜなら、ぼくという個人にとってのごく個人的なメモをそのときぼくはつけていたにすぎなかったのだから。

 誰のためでもなく、なんのためにでもなく、本能としか言いようのない衝動だけを指標に、自分のために自分でひとりぼくはメモをとった。その結果が、この本だ。

 メモをとりたくなったきっかけは、やはり、かつてのエルヴィス・プレスリーによる天啓にちがいない。あの天啓以来、あるときは一瞬のうちに、あるときはながい時間をかけてすこしずつ、ぼくが体で感じとってきたものの集積が、ある一定の限度をこえたとき、ぼくは、その集積に関してメモをとろうと考えた。そして、そのメモは、それまでぼくがブラック・ミュージックを知らなかったという不幸に支えられている。

 なぜ、メモなどとる気になったのか。その理由は簡単だ。ぼくが具体的にせっぱつまったからだ。自分の存在のぜんたい的な問いなおしから当然みちびき出される結論みたいなものにいたる自分の足場のほとんどを、頭のなかからひっぱり出して、はっきりさせたいとぼくは思った。そして、その結論とは、意識の全的なとりかえないしは白紙化ということだった。メモをとりおえることによって、結論はかためられていき、ぼくはさらにそのむこうにいけるようになるのだった。ただし、メモをとりつつあるときには、ものごとはこのように明確に意識されてはいず、とにかく書くのだといういらだたしさだけがあった。

 個人的なメモでさえ、ぼく自身にとっては、書きおわったとたんにご用ずみだが、とにかくなにごとにせよ書くためには、ぼくは、自分が経過していく時代のすべてを、自分のための材料なり足場なり指標なりとして、必要とした。

 この「あとがき」で書いておかなくてはならないもっとも重要なことは、これだ。自分が経過していく時代のなかに存在するありとあらゆるものが、このひどく個人的なメモを成り立たせてくれている。

 その事実の、ごく直接的でしかも部分的な具体例として、ぼくは、本や雑誌や新聞、それにレコードなどの名前を、以下に列挙しなければならない。

 レコードは、その一枚ずつの名をあげる気なら、すくなくとも五〇〇〇枚には達する。雑誌は一九六〇年代のなかばあたりから刊行されはじめた、アメリカのアンダーグランド・マガジンや、いくつかのロック雑誌、音楽雑誌が大量にある。初期の『クローダディ』や『フュージョン』がぼくをどれだけ力づけてくれたかは、言葉で書くことができない。

 アンダーグランド新聞もまた、時代的共感の源だった。一九六〇年代のはじめからなかばにかけての空白期に、ヒッピー・ムーヴメントのなかから届く『ロサンゼルス・フリー・プレス』『ニューヨーク・フリー・プレス』『バークレー・バーブ』『サンフランシスコ・オラクル』『イースト・ヴィレッジ・アザー』など、数多くの新聞につめこまれていたことのほとんどすべてが、ぼくのなかに入り、そのうちの一部分は、ぼくのなかをとおることによってバイアスをかけられて、メモのなかに出てきた。

 本は、これもたくさんある。まともな勉強をしていず、したがってものを知らないぼくは、大量の本を読まなければならないことを知り、できるかぎり読んだ。そして、読んだもののすべてが、ぼくの個人的なメモに影を落としている。読んだ本は、どれもみな、データや知識の倉庫ではなく、おたがいにあくまでも異質ではありつづけるけれども、共感のたしかめあいの場であった。面白くない本は、その面白くなさの追求が、有益だった。

 読んだ本を、できるだけたくさん、順不同で以下に列挙する。日本語訳のあるものはその題名を、ないものは直訳的な題名を、書いておこう。

 デュレンバーガー「カリフォルニア」。ウイリアムズ「アウトロー・ブルース」。グレゴリー「エルヴィス・プレスリー物語」。ナイ「アメリカの知性」。ハイルブローナー「アメリカの資本主義」。長谷川「アメリカ農業物語」。マッコンキイ「独占資本の内幕」。トクヴィル「アメリカの民主主義」。宮崎「寡占」。東畑「アメリカ資本主義見聞記」。マクギル「南部と南部人」。ビアード「アメリカ精神の歴史」。アレン「アメリカ社会の変貌」。カボー「喪われた大草原」。スピラー「現代のアメリカ文化像」。稲村「アメリカ風物誌」。ファーブ「北アメリカ」。ブーアステイン「幻影の時代」。ゴーラー「アメリカ人の性格」。井上「日本帝国主義の形成」。ジョーンズ「ブルースの魂」。カイヨワ「遊びと人間」。エヴァスン「写真による西部劇史」。ブルレ「音楽創造の美学」。家永「太平洋戦争」。スタインベック「チャーリイとの旅」。ジレット「街の音」。マーカス「ロックンロール・ウイル・スタンド」。カーン「ザ・ドアーズ」。武山「アメリカ資本主義と中間階級」。ショー「ロック・レヴォリューション」。ウイルキー「陽はすべての人のために沈む」。オリヴァー「ブルースとの会話」。陸井「現代のアメリカ」。田中「アメリカ現代史」。オリヴァー「スクリーニング・ザ・ブルース」。ブラッドフォード「ブルースと共に生まれて」。諏訪「ビート・ジェネレーション」。カニュ「アメリカ史」。本田「アメリカ黒人の歴史」。ホプキンズ「ロック物語」。岡倉「アメリカ帝国主義」。グロスマン「ラグタイム・ブルース・ギタリスト」。ガーウッド「インストルメンタル・ブルース・ギターのマスターたち」。エヴァスン「西部劇」。チャーターズ「ブルースマン」。ハリントン「偶発革命の世紀」。ベルツ「ロックへの視点」。ケニストン「アンコミッテッド」。ウッド「ロックンロールAからZまで」。バート「アメリカの殺人バラッド」。ホフマン「ウッドストック・ネーション」。プレザンツ「音楽の革命」。ケネディ「移民国家」。ウイルマー「ジャズ・ピープル」。ガスリー「栄光にむかって」。シルヴァマン「フォーク・ブルース」。シルヴァマン「フォーク・ブルース・ギターの技術」。ダンクワース「ジャズ」。ウイリアムズ「悲しい歌を」。ブルックス「ザ・グレート・リープ」。マッカチェオン「リズム・アンド・ブルース」。ヴァラエティ「ミュージック・カヴァルケード」。ランドン「カントリー音楽の百科辞典」。シュラー「初期のジャズ」。ゴールドスタイン「ゴールドスタインのグレーテスト・ヒット」。ショー「眠りなき街」。大橋「フロンティアの意味」。サザーランド「閉ざされた社会」。セルデス「一〇〇〇人のアメリカ人」。グッドマン「コミュニタス」。ボーヴォワール「アメリカその日その日」。ディラン「ブロンド・オン・ブロンド」。キャラワン「自由とは常なるたたかい」。シェルトン「カントリー・ミュージック・ストーリイ」。コープランド「ピープルズ・パーク」。ジン「反権力の世代」。ハンド「エルヴィス・プレスリー百科事典」。ニューフィールド「予言する少数者」。中屋「アメリカ現代史」。清水「アメリカ帝国」。アダムズ「二〇世紀のアメリカ」。岡倉「キューバからヴェトナムまで」。ボッグズ「アメリカン・レヴォリューション」。ミューズ「アメリカの黒人革命」。フォーラン「アメリカの黒人」。ミッチェル「ブロー・マイ・ブルース・アウエイ」。ヤブロンスキー「ヒッピー・トリップ」。ガーランド「サウンド・オヴ・ソウル」。メルツアー「ロックの美学」。スピア「ブラック・シカゴ」。フェザー「ブック・オヴ・ジャズ」。グルーエン「ニュー・ボヘミアンズ」。ビア「アメリカのユーモアの盛衰」。レン「勝者にも傷がある」。ブルース「いやらしいことを喋って人を感銘させる法」。グスタイティス「ターニング・オン」。コーンブルース「新しいアンダグランドからのノート」。ブローティガン「ジ・アボーション」。ローゼンバウム「アメリカに育つ」。エリスン「グラス・ティート」。ホフマン「あなたがたの両親にきらわれているのが我々だ」。トムスン「ポジティヴリー・メイン・ストリート」。ランドウ「ニュー・ラディカルズ」。エリス「アメリカの性的な悲劇」。ホワイト「組織のなかの人間」。ニーバー「アメリカ史の皮肉」。リースマン「現代文明論」。レイトン「アスピリン・エイジ」。ヘイリー「ビル・ヘイリー物語」。ガルブレイス「自由の季節」。カースン「生と死の妙薬」。ミュルダール「豊かさへの挑戦」。グレアム「サイレント・スプリングの行くえ」。スウィージー「独占資本」。オーコンナー「石油帝国」。ホッファー「大衆運動」。レスター「革命ノート」。ウイーナー「人間機関論」。コルコ「アメリカにおける富と権力」。きりがないから、途中でやめる。とにかく、ぼくが言いたいのは、ぼくひとりのなかにさえ、時代のすべてが入りこんでいるということなのだ。そして、その入りこんだものなしでは、ぼくはなにもできはしない。

 結局、ぼくが選択したものは、ブルースだった。決定的な選択によって、ブルースが自分のなかにもあることを知った。ロックンロールは、あるときあるところである人にとって一種の臨時的な価値をしか持たず、誰の内部にもありうるブルースは、より普遍にちかい。ふたつをくらべるとき、ひとつは馬鹿ばかしく、もうひとつは馬鹿ばかしくない。

 角川文庫に収録されるにあたって、字数にして一五〇〇字ぶんほど、加えたり削ったり修正したりしたことを、書き加えておきたい。

著者

(2016年12月15日掲載、『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』1971年改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

rb_elvis_cover

2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。(*どの表紙で読みましたか?→blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開)

エルヴィスから始まった|気になるタイトルから読んでみるのもおすすめです。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1971年 1994年 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 あとがき アメリカ 青空文庫
2016年12月15日 05:30
サポータ募集中