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デュラム、セモリナ、アル・デンテ

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 私はスパゲッティが好き、と言うならその言葉の裏づけとして、『文化麵類学ことはじめ』(石毛直道著、一九九五年講談社文庫。後に講談社学術文庫『麵の文化史』)という本を読んでほしい、という思いでこの本を紹介しておこう。この本の第十章は「イタリアのパスタ」だ。引用でつないでいくとかえって煩雑になるから、そこに記述されている歴史的事実から、必須の基礎知識だと僕が思うものを拾い上げながら、僕が再話することにしよう。

 どのくらいの種類があるのか、ちょっと見当もつかないほどに多いイタリアのパスタ類は、デュラム小麦の粉であるセモリナで作られている。デュラム小麦はたいそう硬い小麦だ。茹でる前のスパゲッティを手に持ち、その感触をつくづくと体感するなら、デュラム小麦の硬質ぶりには無理なく理解がいくはずだ。パンやケーキには向かないかわりに、スパゲッティには最適だ。あまりに硬いから、茹でていくとアル・デンテという状態が自然に生まれる。本来の硬さを楽しむことのできる茹で加減のところで止めれば、それがアル・デンテなのだ。「デンテ」とは「歯」のことだ。そしてアル・デンテは、少しだけ硬い、という意味であり、それはデュラム小麦から必然的に生まれたものだ。茹でる前のスパゲッティの硬さと同時に、奥行きの深さを感じさせるあの濃い色も、素晴らしい。なにか特別に色がつけてあるのだろうか、と思う人がいるかもしれないが、あれは自然のままの色だ。

 このデュラム小麦を産出する地方は南イタリアであり、ナポリはその中心だ。そしてパスタの本格的な生産は十七世紀のナポリで始まった。押し出し機という機械装置を使って、スパゲッティの生産が開始されたのだ。工場での大量生産を可能にするほどに機械化され、動力には水蒸気が用いられるといった、機械化と技術革新が十九世紀のナポリで始まった。「ヴェスヴィオ火山から吹きおろす風と、海側からの風が交互に吹きぬけるナポリ」は、乾燥パスタを生産する場所として、きわめて有利なところに位置していた。近日中にパスタを食べたなら、ナポリに吹くこの風を想像してみてほしい。

 二十世紀には本格的な大量生産の時代が始まった。大量に生産されるとは、販路が飛躍的に拡張されたことを意味する。いまの日本にはすでに充分に広がりきっている。僕の自宅から歩いて三分のところにある店には、何種類ものイタリア製のパスタ類が、ごく当然のことのように、きわめて平凡に、おそろしく日常的に、売られている。

 このスパゲッティにトマトが出会うという、とてつもなく幸せな出来事が実現したのも、ナポリにおいてだった。十六世紀に新大陸からナポリヘトマトがもたらされた。はじめのうちトマトは人々に嫌われていた。だが十七世紀、十八世紀と時間をかけてトマトは品種を改良され、ついにはトマト・ソースとして成立するまでになった。このトマト・ソースとスパゲッティの合体を最初に取り入れた外国はフランスで、それはスパゲッティ・ア・ラ・ナポリテーヌと呼ばれた。

 デュラム小麦という地域性の強い素材から、押し出し機による乾燥スパゲッティという、おなじように地域性の強いものが生まれた。しかしそのスパゲッティには、地域性を超えて広がる可能性としての、普遍性につながるような性格があった。そこにトマトがトマト・ソースとしてスパゲッティと重なり、地域性を超える普遍性をさらに強めた、と僕は思う。トマト・ソースはけっして普遍性そのものではないが、スパゲッティをともなって世界へと広がる可能性という、不思議な力を持っていることは確かだ。

 一八九〇年代に入ると、イタリアからアメリカへ移民する人の数が増えた。一八九〇年代から二〇年代にかけて、イタリアのカンパニア地方やシシリー島からの移民が、とくに多くなった。カンパニアはナポリのすぐ南だ。イタリアからのこうした大量の移民を追って、乾燥パスタ、トマト・ソース、そしてオリーヴ・オイルが、アメリカへ輸出され続けた。イタリアからの移民は、他の国からの人たちがそうしたのとおなじく、特定の地域に住みついてイタリア人地区を作りだした。そこには当然のこととしてイタリア料理の店が数多く開店し、イタリアから来た人たちに故国の料理を提供した。イタリア系ではない人たちのあいだにも、イタリア料理の人気は高まっていった。スパゲッティやマカロニなどの基本的なものが、イタリアからアメリカへ、そしてアメリカのなかでイタリア人地区からその外へと、広がっていった。

 こうなると食品会社が目をつける。そのごく初めの一例として、調理済みのスパゲッティの缶詰をあげておきたい。スパゲットーニに似た太いスパゲッティを、アル・デンテなどてんでない状態にまで柔らかく茹でてトマト・ソースに漬けこんだ、と言いたくなるような出来ばえの缶詰だ。フライパンで軽く炒めてもいいし、鍋で温めるだけでもいい。開発され市販されたこのスパゲッティ・ウィズ・トマト・ソースは、アメリカの庶民になぜか最初から好かれた。

 スパゲッティという強い地域性を、トマト・ソースという普遍度の高いものがくるみこみ、それが缶詰という、これは普遍性そのものだと言っていいパッケージのなかに入れられ、インスタント食品という商品として成立した。このように地域性と普遍性とが何重にも入れ子になったものが、庶民というどこにでも存在する人たちによって、受け入れられていく。

 イタリアからアメリカへの移民が増え、アメリカでの世代が重なるにつれ、スパゲッティにしろトマト・ソースにしろ、いつまでも故国からの輸入に頼っているわけにはいかなくなる。輸入は輸入として続いていくとして、止めることのできない動きは、広がっていく需要に応えてほとんどのものがアメリカで生産されはじめる、という動きだ。デュラムではなく手に入りやすい普通の小麦で作ると、軟らかいスパゲッティが出来る。缶詰のスパゲッティだけではなく、スパゲッティぜんたいにわたって、おそろしく軟らかいものがいまでもアメリカには多い。

底本:『ナポリへの道』東京書籍 2008年


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2020年8月11日 07:00
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