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ドーナツの穴が残っている皿

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 僕の記憶が正しければ、僕はこれまでにドーナツの穴を二度、食べたことがある。ドーナツではなく、そのドーナツの穴だ。あの穴は、ちょっとした工夫によっては、食べることが出来る。

 僕が最初に食べたドーナツの穴は、子供の頃、友人のお母さんがドーナツを作って僕たちに食べさせてくれたときのものだ。出来たてのドーナツをいくつか、そのお母さんは僕たちのために皿に載せて出してくれた。そのいくつかのドーナツのかたわらに、小さな丸い玉のようなものがひとつ、置いてあった。ドーナツとおなじ材料を使って作り、おなじように油で揚げたものだった。

「穴なのよ」

 友人のお母さんは、笑いながら言っていた。

「ドーナツの穴。穴を丸くぬいたときの、その小さい丸をひとつだけ、揚げてみたの。ほかのは、みんないっしょに練りあわせて、ひとつのドーナツにしたの。最後にひとつだけ、穴のぬきかすが残るのよ。わかる?」

 友人といっしょにしばらく考えたあと、ようやく僕は理解出来た。丸くぬいた穴がいくつかたまると、それをひとつにしてドーナツを作り、穴をぬく。最後のドーナツをひとつ作ったとき、そのドーナツの穴がひとつ残るのだ。

 二度めに僕が食べたドーナツの穴は、大人になってからアメリカで食べたものだった。どこにでもあるようなごく普通のドーナツの店のメニューに、「ドーナツの穴」というものが載っていた。

 それを注文した僕のテーブルに、やがてウエイトレスが持って来てくれたのは、大きな皿に山盛りにした、ドーナツの穴のぬきかすだった。ドーナツとなんら内容的には変わらなかった。そして値段は、ちゃんと環になって穴のあいたドーナツに比べると、半分以下の値段だった。穴があいていなくてもいいからたくさん食べたいと言う人たちのために、特別に考案したものだとウェイトレスは真面目に説明していた。アップル・ソースをかけて食べた。じつにおいしかった。

 ドーナツの穴を、僕はくぐったこともある。あの穴は、食べるだけではなく、くぐることも出来る。いまはもうないが、かつてカリフォルニアに、ドーナツ・ホールという名のドライヴ・インが、もっとも多いときで5軒あった。横に長い建物の両端に、地面から巨大なドーナツが直立していて、自動車でそこをくぐってむこう側へ抜けることが出来た。まんなかあたりにドーナツの店があった。

 この店で僕がドーナツを食べたときには、ひとつ残らず平らげた僕の皿を見て、

 「穴がいっぱい残ってるわよ」

 とウエイトレスが冗談を言った。

(『アール・グレイから始まる日』1991所収)


1991年 『アール・グレイから始まる日』 アメリカ ドーナツ 少年時代 食べる
2015年12月5日 05:50
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